秋篠宮家が「皇嗣家」に 変わったことと「自己流」の理由

秋篠宮家が「皇嗣家」に 変わったことと「自己流」の理由

「自己流」を貫く秋篠宮家(宮内庁提供)

 新天皇皇后両陛下の即位に即し、皇嗣家となられたことで、秋篠宮家を巡る環境にも、大きな変化があった。ここには、秋篠宮家の独自色が強く打ち出されている。皇室ジャーナリストが語る。

「宮内庁には『皇嗣職』が新設され、これまでの東宮職(皇太子ご一家専門の職員)と同規模の約50人の人員が割かれました。従来、皇族に仕える職員は、男性が『侍従』、女性が『女官』といった職名を使ってきましたが、皇嗣職では男女の別なく全員が『宮務官』という名称で統一されました。男女共同参画の視点からの導入だそうです。ただ一部では、秋篠宮家では女性職員がすぐに辞めてしまうことを踏まえての“工夫”ではないかともいわれます」

 皇嗣家にふさわしい規模にするため、秋篠宮邸も約33億円をかけて大規模改修が行われる。工事の間、皇嗣家は「御仮寓所」に仮住まいをされるが、その新設には約9億8000万円がかけられたというから、合わせて50億円弱が投じられることになる。

「皇嗣家になるのに合わせて、新しい使用車も導入されたようです。この4月末、眞子さまと佳子さまが黒のトヨタ『レクサスLS』に乗られて参内されました。最近よく乗られているようです。グレードによりますが、新車購入価格は1000万〜1500万円ほど。それまで使われていた車両よりも値が張るようです」(皇室記者)

 多くの待遇が変わる中、公務の際の警備体制については、皇嗣になる前の方針が踏襲されるという。

「天皇陛下は皇太子時代、公務での海外訪問では政府専用機を使われていましたが、秋篠宮さまは皇太子待遇の皇嗣になられても、今後も原則として民間機を使われるそうです。それも秋篠宮家流の改革の一環で、“フットワークを軽くしたい”というお考えなのでしょう。

 ただ、相手国は今後、『皇嗣=クラウンプリンス』として受け入れ、ご到着のセレモニーが行われたり、お付きの人たちが増えたりすることもある。民間機では他の搭乗客にも影響しかねません。政府専用機を使うなどその都度、調整をされるそうです」(前出・皇室ジャーナリスト)

 ある場面では「皇嗣家」、別の場面では「秋篠宮家」──その両面を使い分けていく新しい方法を模索されるようだ。

◆紀子さまが椅子を出すのを眺めていた職員

 なぜ秋篠宮家では、自己流が多く取り入れられているのか。そこには「宮内庁への不信」が見え隠れする。

「宮内庁長官が聞く耳を持たなかった」

 秋篠宮さまは昨年11月、大嘗祭での公費支出削減を提案した際、宮内庁が充分に検討しなかったことを、そう直接的に批判された。

「秋篠宮ご夫妻が長年にわたり宮内庁にフラストレーションをためられるのも無理はない」と、別の皇室ジャーナリストが話す。

「皇族方の人数の減少により、秋篠宮ご夫妻の公務の負担が膨れあがったこと、2006年に悠仁さまが誕生されて皇位継承者を育てる責任が生まれたことがあり、ご夫妻は宮家に対する宮内庁のサポート体制を強化してほしいと相談されたそうです。それでも、体制が充実されず、ご夫妻はかなり戸惑われたそうです」

 2015年の1年間の地方公務は、皇太子家の11回に対し、秋篠宮家は30回。東日本大震災の発生から4年間での被災地訪問は、皇太子ご夫妻は11回、秋篠宮ご夫妻は18回だった。別の皇室記者はこんな象徴的な場面を挙げる。

「仮設住宅で暮らす被災者との懇談の際、被災者が座る椅子をパッと出されたのは紀子さまご自身でした。お付きの職員らがそれを眺めていただけなのを覚えています」

 近年、職員の配属はまず両陛下(今の上皇皇后両陛下)を担当する侍従職へ、その次は東宮職へと流れ、その次に秋篠宮家の順だった。公務で多忙でも、信頼して任せられる職員となかなか出会えず、紀子さまが細腕でやりくりされてきた様子が目に浮かぶ。ご夫妻が独自で工夫され、苦境を乗り越えられてきた中で、秋篠宮家流の路線が形成されてきたのではないだろうか。

 佳子さまは3月、大学卒業にあたっての文書で眞子さまの結婚について「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」と触れられ、その賛否が話題になった。『週刊新潮』5月2・9日号によると、宮内庁職員は事前に当該箇所の修正をお願いしたが、佳子さまは拒まれたという。

 一面から見れば、「佳子さまは皇族という公的な立場をどう考えるのか」との指摘もあるだろうが、秋篠宮家が、今まで頼りたくても頼れなかった宮内庁への不信という文脈で見れば、無理もないことなのかもしれない。

 令和皇室の中核を担われる皇嗣家は、多難の中で船出された。

※女性セブン2019年5月30日号

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