伊勢志摩を走る行商専用「鮮魚列車」 観光資源として再注目も

伊勢志摩を走る行商専用「鮮魚列車」 観光資源として再注目も

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 従来の利用者には生活必需品で日常の風景であっても、渋谷のスクランブル交差点のように、地域の外からは珍しい観光地となることがある。かつては全国各地で運行されていたが、現在は近畿日本鉄道が運行する「鮮魚列車」を残すのみとなった行商専用列車が、その希少さから注目を集めている。観光資源としても注目を集めつつある「鮮魚列車」について、ライターの小川裕夫氏がレポートする。

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 いまやネットで注文して、手軽に玄関先で受け取れるようになった生鮮食品。今後も技術革新で、もっと便利になることは間違いない。

 一方、昔ながらの行商も細々と生き永らえている。鉄道が全国に敷設された大正期には、農村・漁村から都市部へと品物を売り歩く行商人がたくさん見られた。

 そうした行商人たちは一般の旅客列車ではなく、行商専用列車に乗って移動していた。行商専用列車は昭和30年代(1955年代半ばから1960年代はじめ)にピークを迎え、自動車の普及とともに下火になるものの、時代が平成に移っても運行は続けられていた。

 行商人の高齢化やトラックによる輸送や配達、卸売りによる流通経路の確立といった複数の理由もあって、列車を利用する行商人は減少。それとともに、行商専用列車は次々に廃止された。

 2013年、京成電鉄が野菜行商人たちの専用列車を廃止した。これにより、現在は近畿日本鉄道(近鉄)だけが行商専用列車を運行している。

 近鉄の行商専用列車は伊勢志摩魚行商組合連合会による貸し切り運行で、運搬されているのは鮮魚だ。そのため、鮮魚列車と称される。

 近鉄の鮮魚列車は、1963年に運行を開始。伊勢・志摩で水揚げされた鮮魚を、いち早く一大消費地である大阪へ届けるという役割を果たしてきた。お得意様は料亭や小料理店、産直を売りにする個人経営の魚屋が占める。行商による取引は、現金決済が主流。取引額は大きくなくても、個人事業主である漁業者にとって鮮魚列車で得られる現金は無視できない。

 トラック輸送が幅を利かせる現在でも、鮮魚列車は日曜・祝日を除いて毎日運行されている。6時09分に三重県伊勢市の宇治山田駅を出発し、8時57分に大阪府大阪市の大阪上本町駅に到着するというダイヤが組まれている。途中、何回も特急列車などに追い抜かれるため、トラックで輸送したほうが効率的かつ短時間のようにも思える。しかし、鮮魚列車には渋滞に巻き込まれずに時間が正確、大量輸送が可能といったメリットがある。そのため、頑なに鉄道による輸送が続けられている。

 鮮魚列車は鉄道ファンには知られていたが、乗車できないこともあって広く知られた存在ではなかった。また、関係者以外は乗車できないので、一度は乗ってみたいという願望を抱くファンは少なくなかった。

 今年3月、ファンの念願が叶うことになる。

「鮮魚列車のツアーを企画した背景には、私の原体験があります」と立案までの経緯を話すのは、鮮魚列車の乗車体験を組み込んだツアーを発売した旅行会社「クラブツーリズム」の大塚雅士さんだ。 大塚さんは、京成電鉄の千住大橋駅近くで生まれ育った。子供の頃、京成の行商専用列車に誤乗しかけた経験がある。それ以降、行商専用列車に興味を抱くようになり、いつか行商専用列車に乗ってみたいと思い続けてきた。残念ながら、行商専用列車に乗車することは叶わなかったが、そうした体験がツアー行程を考える際に役にたっている。

 鉄道ファンでもある大塚さんは、これまでにも旅客列車が走らない貨物線を体験するツアーを企画している。例えば、常磐線の金町駅と総武線の小岩駅を結ぶ新金貨物線は貨物専用線のために旅客列車は運行されない。そこを走る列車に乗ってみたいという気持ちから、貸し切り列車による運行を実現させた。

 普段は乗車できない区間を組み込んだマニアックなツアーだったが、同ツアーは鉄道旅行協会の"鉄旅オブザイヤー2017"でグランプリを獲得。貨物専用線の体験ツアーが好評を博したことも、鮮魚列車の体験ツアー実現を後押しした。

「鮮魚列車は魚のにおいがつくため、専用車両で運行しています。現在使われているのは3代目で、1971年に製造された貴重な車両です。当初は2両で運行されていましたが、現在は3両編成になり、トイレもついています。衛生的な問題もあるので体験ツアーに鮮魚を積み込むことはできませんが、少しでも鮮魚列車の雰囲気を味わってもらえるように車内でチラシ寿司の弁当を食べることにしました」(同)

 鮮魚列車を体験するツアーは、鉄道ファンを中心に旅行好きをも取り込んで大反響を呼んだ。そのため、6月に第2弾が催行される。そして、第3弾のツアー催行も内定している。

 2018年に閉場した築地市場は、業界関係者が取引する場だった。しかし、2000年前後にセリが観光コンテンツとして注目されるようになり、それによって築地は一気に観光地化した。同様に、鮮魚列車ツアーもブームを巻き起こす可能性を秘めている。

 また、昨今はトラックドライバーが慢性的に不足し、効率的に物資輸送ができる貨物列車が見直されている。それだけに、鮮魚列車や行商専用列車が再評価される芽も出てくる。

 時代の変化は避けられない。鮮魚列車や行商専用列車が役割を終えて、歴史の表舞台から消えてしまうことに抗うことはできないかもしれない。それでも、多くの人に鮮魚列車を体験してもらうことで、歴史から消えようとしている鮮魚列車を後世に語り継ぐきっかけにはなるだろう。

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