運転を止められない高齢ドライバーの「ポジティビティ効果」

運転を止められない高齢ドライバーの「ポジティビティ効果」

任意の事情聴取を終え、警視庁目白署を出る飯塚幸三元院長(共同通信社)

 臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々を心理的に分析する。今回は、社会問題になっている高齢ドライバーを分析。

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 高齢ドライバーによる事故のニュースを見る度に、憤りを覚える。数年前、友人を80代の高齢ドライバーが引き起こした交通事故で失った。事故の原因は高齢ドライバーの不注意。彼女は結婚したばかりで、これから幸せになるはずだった。なのになぜ!? そう思うとどこに怒りをぶつけていいのかわからなかった。

 だから、両手で杖をつき、よろよろとおぼつかない足取りで警視庁目白署から出てきた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長の姿に愕然とした。アクセルを踏み続け、制限速度を越えるスピードで車が交差点を走り抜けた結果、母子2人が死亡し、8人が重軽傷を負った池袋の暴走事故。これで運転するなど危険すぎるとわかりそうなものだが、本人の意識は違っていた。「座れば足がふらつくことはなく、運転に影響はなかった」と話していたというのだから恐ろしい。運転には自信を持っていたのだろう。

 高齢ドライバーには、運転に自信を持っている人が多いという驚きの結果がある。NEXCO東日本が今年2月、高齢ドライバーを対象に実施した意識調査では、75歳以上の高齢ドライバーの実に8割近くが、運転に自信があると答えたというのだ。

 傍から見れば自信過剰としか思えない結果だが、高齢者には危ないという自覚がない。過去の経験が影響しているからだ。元院長も、事故前には87歳でありながら新車の購入を検討していたという。運転歴の長さや日常的な運転経験、無事故などが彼らの自信の土台になる。自分は運転が上手いと主観的に判断し、まだ大丈夫と思い込む。ここが高齢ドライバーの大きな問題である。

 高齢者の場合、この経験による主観的判断が危険を生む。そこに「ポジティビティ効果」が働くからだ。高齢になってくると、不快な出来事や情報を無視して、自分にとって気持ちの良い、都合のよい出来事や情報ばかりに目が向いてしまうというポジティビティ効果が強くなりやすい。ちょっとどこかにぶつけたぐらいなら事故とは思わず、車庫入れがうまくいかなくなっても気にしない。さらにポジティブな出来事は思い出せるが、ネガティブな出来事は思い出せなくなってくる。だから彼らの自信は揺るがない。正常に運転できると思い込んでいる。

 元院長が任意聴取になってもまだ、「ブレーキをかけたが利かなかった。アクセルが戻らなかった」と説明していることからも、高齢者の思い込みの強さ、怖さがわかる。事故車の分析では車の機能に問題はなく、アクセルを踏み込んだ形跡はあるが、ブレーキを踏んだ跡は残っていないことがわかっている。なのに元院長は、事故は認めながらも運転ミスは否定しているという。

 高齢になれば、認知機能も反射機能も落ちる。心理学などの実験では、高齢になるほど確認回数が減り、反応時間が遅くなる。周りへの注意がおろそかになり、ペダルやハンドル操作が劣ってくる。一時停止をしなくなり、見通しが悪い交差点では速度を緩めないなど、危険な運転が増えてくることがわかっている。だが高齢者本人は、自分がそうなっていることに気付かない。例え気付いたとしても、自分の運転が危険だとは認めない、認めたくない。高齢者にとって運転は、自立や能力、社会性、プライドなどとつながっていることもあるからだ。そしてこういう人ほど、自信があると答えてしまう。

 この事件から、免許の自主返納が増えているという。だが、運転に自信があるという高齢者が、率先して自主返納するとは思えない。それに都会と違い、人気番組『ポツンと一軒家』(テレビ朝日系)ではないが、地方に住んでいると車がないと生活が成り立たない高齢者がいるのも事実だ。運転することが自立や生き甲斐になっている高齢者もいるだろう。

 これから高齢ドライバーはどんどん増えていく。検査や講習、自主返納を促すだけでは、痛ましい事故を防ぐことできないなら、高齢ドライバーが運転する車を変えていくしかない。

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