BMW 523d M Sportが「ただ速いだけ」と感じられた理由

BMW 523d M Sportが「ただ速いだけ」と感じられた理由

BMWのプレミアムセダン「5シリーズ」

 BMWといえば、メルセデス・ベンツ、アウディとともに「ジャーマンスリー」といわれるドイツ車を代表するプレミアムブランドだが、近年は格下ブランドの追い上げも激しく、上質感で差別化を図るのが難しくなりつつあるという。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏が、BMWの代表格である高級セダンに試乗して辛口レポートする。

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 世界的に強まるCO2(二酸化炭素)排出量規制。乗用車分野でその影響をモロかぶりするジャンルは、言うまでもなく中大型乗用車や高性能車などのプレミアムセグメントだ。

 これらは宿命的に消費エネルギーが大きくならざるを得ないため、電動化や内燃機関の高効率化など、投入できる技術は高くても何でも入れていかなければならず、高コスト化は避けられない。

 一方で、自動運転化やシェアリングの時代を迎えても、自分の経済状態に合わせてより良いモノ、サービスを求めるというニーズが消えるわけではないので、マーケットは確実にある。これらの領域をビジネスの主体としてきた自動車メーカーは、痛し痒しの非常に難しい状況に置かれている。

 そんなブランドのひとつであるドイツの老舗、BMWのプレミアムEセグメント(全長おおむね5m弱)級セダン、「5シリーズ」を1500kmあまり走らせる機会があった。本拠地の欧州市場ではメルセデス・ベンツ「Eクラス」と販売を競っている。

 テストドライブしたのは排気量2リットルのターボディーゼルを搭載した「523d」で、強化サスペンションを持つ「M Sport」という仕様。コースは東京を起点とした関西周遊。途中、和歌山の高野山などの山岳ルートも長駆してみた。

 さて、長距離を走ってみた最新の5シリーズの印象だが、基本的には超がつくくらい高性能。エンジンパワーこそ190psにすぎないが、前245mm、後275mmという幅広タイヤで1.7トンちょうどという同クラスの中では軽めの車体を支えるだけあって、急カーブの連続する山岳路をかなりのハイペースで走っても、走りが破綻する気配はまったくなかった。タイヤサイズに余裕があるので当然といえば当然だが、コーナリングスピードはもはや20年前のスーパースポーツ並みだった。

 乗り心地は良路ではいかにもプレミアムEセグメントらしい精密感にあふれたもの。サスペンションは巨大なタイヤグリップに負けないよう締め上げられているのだが、小さいピッチの凸凹のカットは秀逸だった。ただし、道が荒れてくるとランフラットタイヤ(タイヤの側面を固く設計し、パンクしても一定距離を走行可能なタイヤ)の悪癖が顔を出し、途端にドタバタ感が強まる。できればしっとりとした普通のタイヤを履いてほしいところだ。

 室内のデザインは、いかにも機械的であった昔のBMWの面影はもはやほとんどない。ポプラの木を素材に特殊な加工を施すことで不思議なテクスチャを浮き立たせたウッドパネル、複雑な曲面のアルミ製加飾パネル、室内の至るところに設置された夜間の間接照明など、情感的な演出が目立った。

 装備類はこれ以上ないというくらい盛り盛り。車線維持を補助するステアリングアシストをはじめとする高度な運転支援システムや各種警報、コネクティビティサービス、先行車や対向車を避けてライティングするアクティブハイビーム、シートベンチレーションやマッサージ機能など、ほとんど“全部のせ”だ。

 秀逸だったのはフロントガラスに映るヘッドアップディスプレイで、走行情報やナビゲーションだけでなく、ステアリング上のオーディオスイッチを触ればチャンネルや曲目が、電話のスイッチを触れば通話履歴などが表示される。センターコンソールやメーター類に目線を落とす頻度は普通のクルマとは比べ物にならないほど少なかった。

 このように、高級なスポーティサルーンとしては申し分ない性能を持っていた523d M Sportだったが、同時に自動車が大変革期を迎えている今日、自動車メーカーがそれぞれ固有の哲学を前面に出したクルマ作りをすることの難しさを実感することにもなった。これが本当にBMWらしいクルマなのかと言われると、筆者としては「?」だったからである。

 以前と明らかに違うのは、クルマを操るフィールの作り込みへのこだわりだ。523dはきついコーナーの連続する山岳路、ハイウェイクルーズ、市街地走行まで、ハイテク感に満ちた高性能ぶりを披露したが、BMWが伝統的にこだわり続けてきたのは「絶対的な速さ」よりも「走りのテイスト」のほうだった。

 たとえば旧型「3シリーズ」のM Sport。コーナリング時にステアリングを切り足すと、手のひらにかかる重みが増す割合にピタリと合致するようにロール角が増し、舵角を保持しているとそのロール角保ったままクルマが揺れるという、素晴らしい操縦安定性を持っていた。

 あまりに安定しているので、山岳路で他のクルマがどういう余分な動きをしているかが目で見てわかるほど。かつてBMWは、リスが落としたクルミを皮一枚で避けて走るテレビCMを世界展開していたが、あながち大げさな表現ではなかったのだなと感心させられたものだった。

 それに対して今回乗った5シリーズのM Sportに、そういう精緻な作り込みは感じられなかった。言うなれば、ただ速いだけである。こうなったのにはやむを得ない理由もあろう。プレミアムEセグメントに要求される基本性能が高くなりすぎたのだ。

 自動車工学は日進月歩だが、とくにボディ、シャシー関連の技術はここ5、6年、目覚しい発展を遂げた。その結果、性能全般、とりわけ操縦安定性、乗り心地、静粛性の高さの3つについては、以前であれば相当に高額な部品を使わなければ実現できなかったようなレベルをちょっとしたノンプレミアムの上級車が簡単に達成できるようになった。

 最近テストドライブして印象に残ったノンプレミアムモデルでは、まずプジョーの新世代Dセグメントセダン「508」がそうだった。プジョーはノンプレミアムだが、乗り心地や静粛性、高速道路での落ち着いた揺れなどはプレミアムセグメントと変わらない。

 日本車で特筆すべきレベルにあったのは、ホンダの電動車「クラリティPHEV」だ。見た目はアメリカ向けの安物大型セダンそのものなのだが、走らせてみると同社の「アコードハイブリッド」などとは比較にならない驚くべき高速サルーンだった。

 こうして下のクラスのレベルが上がってくると、プレミアムセグメントは辛くなる。もちろん車体の振動の制御やシートなどにお金がかけられるぶん優位性はあるのだが、その差が小さくなれば価値を認めてもらいにくくなる。

 いきおい、絶対性能の高さに走らざるを得なくなるのだが、それはBMWが身上としてきた、絶妙なバランスのチューニングとなかなか両立しにくい選択でもある。インテリアがBMWらしくない華美なものになったのも、同様の追い上げによるところが大きいであろう。

 顧客が商品に対して何を強く要求するかというポイントはブランドによって異なる。プレミアムセグメントの中でもとりわけドライビングの喜びに焦点を当ててきたBMWにとっては、今のトレンドは他のブランドに比べて強い逆風となるのは致し方がない。

 もちろん高級車作りのノウハウが失われたわけではないので、その変化に対応する力がないわけではないのだが、走る喜びを新しい形で提供するアイデアを持たないと、いずれ強力なライバルたちに挟撃され、埋没しているリスクもある。

 今後、その道をBMWが見出すことができるかどうか、興味深いところである。それはまた、新しい時代においてプレミアムブランドが顧客を喜ばせる価値をそれぞれの思想のもとに提供できるかという試金石にもなろう。

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