千葉・小湊鉄道 あえて駅前に「森」をつくっている理由

千葉・小湊鉄道 あえて駅前に「森」をつくっている理由

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 駅前開発という言葉を聞くと、駅ビルや駅前ロータリーを新築・改築するなど建造物を新しくすることを思い浮かべる。ところが、駅前に植林をする開発を沿線で試みる「逆開発」に着手している路線がある。ライターの小川裕夫さんが、小湊鉄道がチャレンジする駅前逆開発について、レポートする。

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 鉄道会社は、運賃や特急料金などの運輸収入が利益の大半を占める。しかし、団塊の世代が現役から引退し、通勤需要は激減した。今後も人口減少が進み、通勤・通学需要は増加する気配はない。運輸収入は増収増益を見込めない。

 鉄道会社はターミナル駅併設の百貨店をリニューアルしたり、エキナカには話題性があるブランド店を誘致したりしている。運輸収入をカバーしようと、鉄道会社はあの手この手で需要の創出を図っているのだ。

 駅の集客力・拠点性を高めることで、生き残りを模索している。そのため、副業ともいえる不動産業・観光宿泊業・飲食業・小売業にリソースを傾ける。

 それは、営利企業としては自然な流れでもある。一般的に、沿線開発は不動産価値の最大化を目的にしている。

 一般的な沿線価値の高め方とは一線を画した手法で、自社の沿線価値を高めようとする鉄道会社がある。それが、千葉県市原市を地盤とする小湊鉄道だ。

 市原市の人口は、約27万人。市の玄関駅となる五井駅から東京までは、電車で約一時間。千葉までだったら20分前後。そうした地形的な面から、市原市は千葉や東京のベッドタウンとして発展してきた。

 小湊鉄道は、五井駅から終着の上総中野駅まで約39.1キロメートルの路線を有する。ターミナル駅である五井駅はJRと合わせて一日平均2万人の利用者があるものの、多くの駅は一日の利用者が100~500人。なかには、数人にとどまる駅もある。

 そして、小湊鉄道の泣き所は車両・駅・施設が老朽化している点にある。

「もっとも古い車両は1961年製で、新しい車両でも1977年製です。最新車両でも40年が経過しており、小湊鉄道では車両更新が急務になっています。さらに、小湊鉄道は全駅でSuicaをはじめとしたIC乗車券に対応していません。そのため、運転士と車掌の二人体制で列車を運行しています」と話すのは小湊鉄道開発部の黒川雄次部長だ。

 最新の車両や機器を導入した方が、大幅に人件費を削減できるので経営効率はよくなる。しかし、新型車両は10億円、設備は1億円以上の費用が必要になる。また、小湊鉄道の沿線を歩いていると、警報機も遮断桿もない第4種踏切が多いことに気づかされる。安全運行のためにも、踏切の設置も進めなければならない。これらの費用は、莫大になる。

 ほかの鉄道会社と同様に、小湊鉄道も利用者の減少が続いている。ローカル鉄道が簡単に捻出できる金額ではない。そのため、車両や設備の更新を一気に進めることは難しい。

 ほかのローカル線と同様に、小湊鉄道も沿線人口が減少している。そして、年を経るごとに利用者は減っていく。

 収入の先細りが見える中、小湊鉄道は座して死を待とうとしなかった。通常の鉄道会社であれば駅ビル、最近なら駅ナカを整備して駅周辺の開発をと考える。小湊鉄道はみずからが“逆開発”と呼ぶ、奇想天外な沿線開発を始める。

「2017年に始めた逆開発は、駅前に森をつくろうという考え方から始まっています。養老渓谷駅の駅前ロータリーはアスファルト舗装をはがし、そこに土を入れて、木を植えました。一回の作業で終わりにするのではなく、常に手入れの作業をしています。10年かけて森の範囲を広げていく計画です」(同)

 高層のオフィスビルを建て、大きな商業施設をオープンさせる。沿線開発は、そうやって多くの人を集めようとするのが一般的だ。

 逆開発は文字通り、開発を逆におこなう。逆開発は駅前を発展させるのではない。マイカーなんて概念がまだない、鉄道が交通の主役だったときと同じ風景に戻していく。

 養老渓谷駅は、秋になると遠方からハイキングに訪れる客でにぎわう。小湊鉄道は養老渓谷駅を訪れるハイキング客のために、山と駅とをつなげて切れ目のない風景をつくることにした。こうした考えによって、養老渓谷駅は逆開発されることになった。

 小湊鉄道沿線の森づくりは、養老渓谷駅だけにとどまらない。月崎駅前にも森が広がっている。

 地球磁場逆転地層として世界から注目されるチバニアンの最寄駅として、月崎駅は利用者が増えている。そんな月崎駅の駅前に、“森ラジオステーション”が造成されている。

 これは駅前にあった保線の旧詰所小屋を苔と山野草で覆ったアート作品で、「いちはらアート×ミックス2014」時に制作された。制作者は美術家の木村崇人さんで、地元住民も政策に協力。芸術祭終了後、地元住民の要望で作品はそのまま残されることになり、現在は地元のNPOが管理している。

 養老渓谷駅も月崎駅も、利用者の大半は観光客。日常的に利用する通勤・通学客はいない。そうした利用実態から、養老渓谷駅の逆開発も月崎駅の森ラジオステーションも沿線外から観光客を呼び寄せる観光コンテンツづくりの一環という見方もできなくない。

 しかし、小湊鉄道はメインターミナルの五井駅まで森づくりの範囲を広げようとしている。

「五井駅はJRとの共同使用駅ですが、駅東側は小湊鉄道の所有地です。詳しいことを決めるのはこれからになりますが、この区画にも木を植える計画を進めています。いずれは、小さな森のようにしたいと思っています」(同)

 小湊鉄道の沿線は春になると菜の花が咲き誇り、観光客や鉄道写真を撮ろうとする人たちが多く集まることでも有名になった。その菜の花畑は、小湊鉄道と市原市、地元住民が休耕田を活用するために始めたプロジェクトでもある。車窓から広がる里山の風景や菜の花畑は、いまや小湊鉄道にとってかけがえのない財産になっている。

 菜の花畑の成功体験が、月崎駅の森ラジオステーションや養老渓谷駅の逆開発へとつながっている。

 小湊鉄道の一味違った沿線開発手法は、地域開発が目標とする「人口増」や「都会化」という考え方に一石を投じた。小湊鉄道が取り組む"沿線開発"に、今後も注目が集まる。

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