紀子さま、美智子さま流から雅子さま流へ変化の理由

紀子さまが美智子さま流から雅子さま流へ変化か 雅子さまに歩み寄られる意思表示とも

記事まとめ

  • 紀子さま(52才)が、雅子さま(55才)とのご関係に変化を見せられているという
  • 紀子さまは、雅子さまに強い自負心とライバル心を抱かれてきたと報じられたことも
  • 紀子さまは「美智子さまスタイル」から「雅子さまスタイル」踏襲に舵を切られたそう

紀子さま、美智子さま流から雅子さま流へ変化の理由

紀子さま、美智子さま流から雅子さま流へ変化の理由

変化が見られる紀子さま(撮影/JMPA)

 5月に御代がわりを迎えて以降、女性天皇容認の期待が急激に高まっている。各紙の世論調査でも、《女性天皇に賛成は78.3%》(5月14日産経)、《「認めるべきだ」は76%》(同月13日日経)、《認めることに賛成は79.6%》(同月3日毎日)と、軒並み8割近くの人が賛成と答えている。7月21日に参院選も終わり、国政の場でも本格的な議論が開始されるとみられる。

 女性天皇が現実味を帯びることと、「愛子天皇待望論」の高まりは切り離せない。その一方で現在皇位継承順位第2位である秋篠宮家の悠仁さま(12才)の天皇即位は遠のいていくことにもなるだろう。

 そんななか、「悠仁天皇」への強い思いをお持ちの紀子さま(52才)は、雅子さま(55才)とのご関係にも、変化を見せられているという。

「2004年、当時の皇太子さまが、いわゆる雅子さまへの『人格否定発言』をされた時、秋篠宮さまが苦言を呈されたことなどから、兄弟両家の間の溝が囁かれてきました。

 また、長い療養生活で公務などを制限せざるを得なかった雅子さまに対し、お務めを完璧にこなされてきた紀子さまは、強い自負心とライバル心を抱かれてきたと報じられたこともあります」(皇室ジャーナリスト)

◆「雅子さまスタイル」へ

 しかし、眞子さま(27才)の結婚延期や、愛子天皇待望論の高まりを受け、状況は一変する。

「憲法の規定上、皇族方は、皇室制度について意見を述べられる立場ではありません。とはいえ、上皇陛下がご自身の生前退位を希望され、世論の後押しで実現された前例があります。女性天皇実現についても、天皇皇后両陛下ご一家に大きな影響があることなので、両陛下にご意見を求めるべきだという声も根強い。

 現実的に言っても、両陛下や愛子さまが、女性天皇をどう考えていらっしゃるかを、無視はできないはず。つまり、紀子さまにとっても『悠仁天皇』が実現するかどうかは、雅子さまのお考えも少なからず影響するということです。

 それだからでしょうか、このところ紀子さまが雅子さまに歩み寄られたり、倣われたりすることが、増えているように感じます」(前出・皇室ジャーナリスト)

 訪欧後の公務が続いた20日、紀子さまは横浜能楽堂(神奈川・横浜)の特別公演「大典 奉祝の芸能」を鑑賞された。

「天皇陛下の即位を記念した演目で、紀子さまは2階の最前列で鑑賞されたそうです。 実は紀子さまは6月にも横浜能楽堂を訪れ、御代がわりを記念した琉球舞踊を、眞子さまと共に鑑賞されました。

 2度にわたって即位をお祝いする公演をご覧になり、公務でお忙しい中でも“即位をお祝いする”という姿勢は、両陛下との距離を縮めるものになったのではないでしょうか」(皇室記者)

 紀子さまはご結婚以来、「美智子さまスタイル」を身につけることに心血を注いでこられたが、最近は「雅子さまスタイル」を踏襲されることに、舵を切られたようだ。

「紀子さまは9月11日の誕生日の際、会見を開かず文書で記者からの質問に答えられるといわれています。

 美智子さまは皇太子妃時代、誕生日に際して会見を開かれていました。雅子さまも皇太子妃となられた当初は会見をされましたが、療養生活に入ってからは文書回答に切り替えられました。

 本来、皇太子妃待遇の紀子さまは会見に臨まれることが自然なはずです。しかし、雅子さまのやり方を尊重され、それに倣おうとされたのでしょう。これまで“ライバル関係”ともいわれた紀子さまが、雅子さまに歩み寄られる意思表示をされたようにも感じられました」(宮内庁関係者)

 おふたりは昨年5月、栃木県にある宮内庁管轄の農場「御料牧場」でそろって静養された。当時の東宮家と秋篠宮家のご静養の日程が重なるのは極めて異例のこと。その時から、雅子さまと紀子さまのご関係は変わりつつあったのかもしれない。

※女性セブン2019年8月8日号

関連記事(外部サイト)