踏切事故で高まる立体交差化の要望 実現までの道のりは

踏切事故で高まる立体交差化の要望 実現までの道のりは

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 鉄道の踏切事故が発生するたびに、なぜ線路を高架や地下、立体交差にして踏切を廃止できないのかという声があがる。事故が発生しやすい踏切を廃止したいのはやまやまだが、それは長い年月をかけ、根気強くなければ完成できない案件だ。『踏切天国』著者のライター、小川裕夫氏が、地域の地場産業保存のために阪神電鉄西宮駅一帯の踏切廃止が着工から完了まで21年かけた踏切廃止までの事例についてレポートする。

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 9月5日、京浜急行電鉄(京急)本線の神奈川新町駅に隣接する踏切で、トラックと電車が衝突する事故が発生した。同事故によって京急は運休を余儀なくされたが、2日後には復旧。

 今回の事故で、京急のみならず鉄道各社で踏切廃止・立体交差化の動きが加速することは間違いない。なぜなら、鉄道事故の約9割が踏切および踏切付近で発生しているからだ。

 鉄道事業者にとって、踏切は厄介な存在といえる。踏切を廃止すれば事故は減り、定時運行をしやすくなる。地元自治体にとっても、危険な踏切の除去は市民の安心・安全な暮らしにつながる。双方にとって有益だから、立体交差化が推進されるのは自然な流れだ。

 一口に立体交差化といっても、【1】線路を高架化する【2】線路を地下化する【3】線路の上に道路を通す【4】線路の下に道路を通す、のおおむね4パターンがある。

 この4パターンにはそれぞれに一長一短あり、鉄道会社・地元自治体・地元住民の3者間でメリット・デメリットが異なる。立体交差化は総論賛成・各論反対に陥りやすく、どれを選択するのか? これで3者の意見がまとまらずに延々と平行線をたどる。

 現在、連続立体交差事業が進められている京王線の笹塚駅―仙川駅間の連続立体交差事業でも、同様の問題が発生している。

 同区間の大半は、京王線を高架化することで踏切の除去を目指している。しかし、沿線住民からは、「高架化ではなく地下化」を要望する声も出ている。

 実際、小田急電鉄は代々木上原駅―向ケ丘遊園駅の複々線化工事と同時に同区間を高架化する連続立体交差事業に着手した。しかし、工事中に沿線住民から「高架化することによる騒音や振動、日照」などが問題視されて、訴訟に発展。小田急線の高架化訴訟は長期化し、それに伴って工期も長くなった。また、訴訟によって小田急は立体交差化の方針を高架線から地下線へと変更している。

 踏切廃止は行政も鉄道事業者も沿線住民も賛成する事業だが、その手法を巡ってはさまざまな意見が噴出する。そのために、立体交差化は着工から完了まで約20年の歳月がかかる。

 阪神電鉄の西宮駅一帯は、兵庫県・西宮市・阪神電鉄の3者によって高架化工事が進められた。1980年から2001年まで、工期を3期に分けて工事を実施。21年もの歳月を要した工事にはさまざまな配慮がなされた。

「高架化工事中の1995年に、阪神淡路大震災が発生しました。震災では、工事区間のみならず阪神線や周辺が被災しています。それらの復旧工事が優先されたので、当然ながら工期も延びました。そうした要因もあるので、ほかの立体交差化と多少は事情が異なるかもしれません」と前置きしながら話すのは、工事主体になった兵庫県阪神南県民センター西宮土木事務所の担当者だ。

 西宮駅一帯は特殊な事情を抱えているため、土木工事を施工する際は細心の注意を要する。その特殊事情とは、西宮で湧出する名水「宮水」の存在だ。

 西宮市から神戸市にかけての一帯は、鎌倉時代から現在にいたるまで酒造りが盛んな地域として知られる。同エリアは主に西郷・御影郷・魚崎郷・西宮郷・今津郷の5つから成り立っており、それぞれの地域で美味い酒づくりを競っている。

 西宮郷は宮水と呼ばれる名水が湧き出る。酒造りに美味しい水は欠かせない。全国各地から名だたる酒造メーカーが宮水を求めて西宮に酒蔵を進出させるほど、宮水は格別の味とされる。

 そうした伝統がある酒造りの地・西宮ゆえに、貴重な財産になっている宮水を涸らすことは許されない。阪神の高架化工事では、宮水への厳重な配慮が求められた。

 そのため、阪神の立体交差化は地下化ではなく高架化が選択される。その高架化工事も一筋縄ではいかなかった。

「阪神の高架化工事では地元の酒造メーカーが主導する形で、酒造関係者や学識経験者による宮水保存調査会が組織されました。そして、宮水保存調査会が水量に変化がないか水質に異常はないかと確認をしながら工事を進めました。そのため、一気に施工することはできません。調査と確認を繰り返しながら、少しずつ工事を進めたのです」(同)

 地下化ではなく高架化を選択しただけでは、十分な宮水対策にはならない。線路の高架化工事には、高架線を支えるための太い橋脚を立てる必要がある。その基礎工事段階でも宮水対策が講じられた。

「高架線の基礎には、5センチの穴が開いた杭を使用しています。もちろん、強度に問題はありません。これは、地下水が通水できるようにパイプの役割を果たしています。また、埋め戻しの際は、粒径の大きな土砂を敷き詰めることで通水を確保するように配慮しています」(同)

 こうした宮水への配慮がなされて、西宮駅一帯は高架化を実現。しかし、宮水保存調査会は念には念を入れている。工事終了後の2002年にも宮水の状態を調査したのだ。

 翌年、宮水保存調査会は報告書を提出。工事そのものは終わっていたが、宮水に異変が起きていないことが確認されたことで、ようやく西宮駅の立体交差化事業は幕をおろした。

 苦難の末、西宮駅一帯は立体交差事業を終えた。それでも、阪神には立体交差化されていない区間が残る。そのため、現在も立体交差化工事が進められている。

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