有名企業の社長に「ラグビー部出身」が多いこれだけの理由

有名企業の社長に「ラグビー部出身」が多いこれだけの理由

W杯初戦は快勝した(撮影/藤岡雅樹)

 ラグビーW杯の日本大会は、日本財界の強力なバックアップに支えられている。その背景にあるのが、有名企業のトップには、なぜかラグビー経験者が多いという事実である。その理由を探ってみると、ラグビーとビジネスの意外な相関関係が見えてきた。

◆組織のなかで責務を果たす

 ラグビーW杯で熱戦を繰り広げる日本代表。そのオフィシャルスポンサーを務める代表企業が、大正製薬である。同社の上原明・会長は、中高と成蹊学園ラグビー部に所属し、慶應大学でも同好会で活躍した生粋のラガーマン。その上原会長の強い意向があって、大正製薬は2001年より日本代表のスポンサーとなっている。

 ラグビー経験者が有名企業の経営者になった例は、数多い。ユニクロ(ファーストリテイリング)やローソンの社長を歴任し、現在はデジタルハーツHD社長CEOを務める玉塚元一氏(慶應大学ラグビー部出身)、TBSホールディングス社長の佐々木卓氏(早稲田大学ラグビー部出身)、日本製鉄会長の進藤孝生氏(一橋大学ラグビー部出身)など。彼らは、今回のラグビーW杯の有力な支援者にもなっている。

 野球やサッカーなど、ラグビーより競技人口の多いスポーツは数あるが、有名経営者として知られる人物にラグビー経験者が多い印象を受ける。

 なぜラグビーだけが? ラグビージャーナリストの村上晃一氏は語る。

「ラグビー部出身の経営者が多いのは確かで、インタビューすると彼らが共通して指摘するのが、“ラグビーは組織で動くスポーツ”だということです。15人という球技としては最大級の人数に、それぞれ個性ある役割が与えられる。しかも、試合が始まれば監督はその都度指示しないので、自分たちで考えてチームを機能させないといけない。ラガーマンとして培ってきたことがそのまま会社組織でも生かせると、多くの企業トップは話していました」

 実際にラグビー経験がビジネスに与えた影響を公言する経営者は多く、西武HDの後藤高志・社長(東京大学ラグビー部出身)は、

〈トライを決める華やかな選手の裏に、相手に突っ込み、もみくちゃになりながらボールを獲得してくれる選手がいる。(中略)仕事も常に華やかなことばかりではない。一隅を照らし、それを尊重するカルチャーが大切だ〉(日経新聞8月16日付)

 と、仕事論に結びつける。

 早稲田大学ラグビー部出身で、現在は組織コンサルティングを手がける「識学」(東証マザーズ上場)の安藤広大・社長は、自身の経験からこう指摘する。

「まず、ラグビーは他のスポーツと比べて“痛い”んです。ディフェンスの場面では巨体の相手に痛い思いをしてタックルを迫られる。誰でも痛いのはイヤですが、自分がビビるとチームに迷惑をかけてしまう。“ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン”という言葉が象徴的ですが、組織のなかで責務を果たす精神が企業組織と通底しています。

 また、15人のプレイヤーのチームにおける役割が決まっている。つまり、同じポジションをめぐっての争いは激しくあるが、いざ試合に出たら別の役割を担う選手とともに勝利という目標に向かって協力し合う。競合と協力の両面があるのも、現実の企業組織との共通点ではないでしょうか」

◆清宮監督のリーダー像

 安藤氏が経営者として最も勉強になったのが、大学時代に指導を受けた清宮克幸・監督(現・日本ラグビー協会副会長)の姿勢だったという。

「清宮監督は、個々の役割に関して明確なルールを課していました。監督は『これをやればこういうことができて、だから勝てる』などという説明は一切せず、『とにかくこれをやれ』と言うだけなので、私たち選手には監督と同じようには全体像は見えていません。しかし、監督の指示に疑うことなく従うという規律が出来上がっていたため、与えられた役割を果たすことに集中できるようになりました。その結果、関東大学対抗戦で全勝優勝できたのです。

 この経験は後に経営者として大きな学びになりました。社員は社長から与えられた役割で全力を尽くし、社長はその集合体を導くことに責任を負う。それこそ責任あるリーダーの在り方だと思えるようになりました。現場の社員に全部説明して納得してもらわないと動かせないというのは、いい人に見えて“無責任”なだけではないか。清宮監督は説明しない代わりに、結果に対して責任を取ることで組織を動かしていたと思うんです」

 安藤氏は学生でありながら、ラグビーを通じて「監督=社長」と「選手=社員」の立場の差を学んでいた。

◆名門大学から一流企業へ

 ラグビー経験者が企業で出世していく背景には、ラグビーが主に名門大学で盛んだという事情がある。

 同志社大学ラグビー部から神戸製鋼に進み、日本選手権7連覇の偉業を成し遂げ、長く日本代表でも活躍した大八木淳史氏が、その歴史的背景を振り返る。

「そもそもイングランドで生まれたラグビーは、“ザ・ナイン”と呼ばれる名門校のパブリックスクールで始まったものです。さまざまな立場の多様性を重視しながら主体性を持って行動するというイギリス型のリーダーシップを学ぶ場として、ラグビーは活用されていた。日本でもまず慶應大に輸入され、そこから早稲田や明治、関西では関関同立といった名門大学に広まっていきました。

 また、ラグビーは1995年にプロ化するまでは全員がアマチュアだったので、大学を卒業すれば就職しなければいけなかった。そこで、名門大学から一流企業に就職するという流れができたのです。

 大学時代から“文武両道”を培い、ラグビーのプレースタイルがしみこんだまま就職しても頑張るので、社内でも評価されて出世することが多いのではないでしょうか」

 同志社大ラグビー部出身者でも、大八木氏の後輩に当たるサントリーHDの土田雅人・執行役員など、名だたる有名企業で出世した人材は多い。大八木氏自身も引退後、芦屋大学付属中学・高校の校長や学校法人芦屋学園の理事長を歴任している。

「同志社大の仲間などがラグビーで身についたリーダーシップを発揮していろんなところで活躍しているので、それが“OB人脈”と言われるのでしょう。同じ釜の飯を食ったというラグビー経験者同士の信頼関係は、ビジネスの現場にも通じるはずです」(同前)

※週刊ポスト2019年10月11日号

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