災害を重視するヤクザが千葉の台風被災地に来なかった理由

災害を重視するヤクザが千葉の台風被災地に来なかった理由

台風15号の影響で屋根や壁が壊れた家屋と積み上げられたがれき(千葉県鋸南町 写真/共同通信社)

 災害が起きて真っ先に被災地に駆けつけるのは誰か。警察か、自衛隊か、はたまたボランティア団体か。否、ヤクザである。災害が起きると、彼らはいてもたってもいられなくなるのだという。ヤクザ事情に詳しいジャーナリストの溝口敦氏と、フリーライターの鈴木智彦氏が、災害とヤクザについて語りあった。

鈴木:千葉の台風の被災地に行っていたんですが、今回はヤクザの姿は目につかなかったです。

溝口:ヤクザは「火事と喧嘩は江戸の華」といわれた時代に火消しをしていた頃から、「危急存亡の秋」に“活躍”したいという気持ちが天性としてある。ただし、今回はその余地がなかったということでしょう。

鈴木:ヤクザの本領は、道路が寸断されていて陸の孤島になっているとか、なにも物資がなくて老人や子供が死にそうだというところに、政府より先に駆けつける、ということですから。

溝口:今回のように水で濡れた物を後片付けするというような地味で華のないことはしないんです。

鈴木:2016年に起きた熊本地震のときは、熊本にある神戸山口組の二次団体が、支援物資を配るなどのボランティアをやっていました。粉ミルクやおむつ、ナプキンなんかを配って。

溝口:分裂抗争で対立する六代目山口組の側もボランティアに行っていた。被災地で“呉越同舟”だったわけです。

鈴木:山口組の災害支援といえば、やはり1995年に起きた阪神・淡路大震災でしょう。

溝口:そうですね。山口組は全国に100人以上いる直系組長から100万〜200万円ほど、計2億円を拠出させて、カップやスナック菓子などの食料品や、防寒着、下着、カセットコンロなどの救援物資を、近隣住民や避難所まで配達しました。

鈴木:ヤクザの機動力を活かして物資を集めて、神戸市内の山口組本部を中心にして被災地に10数か所の拠点を作り、かなり大がかりに炊き出しをやったそうです。地域は断水しているのに、山口組本部に行けば水があったから、そこで水配りまでやりました。

溝口:写真週刊誌は、甲斐甲斐しく働いている五代目山口組組長・渡辺芳則の写真まで掲載しました。

鈴木:山口組としては、純粋に世の中の役に立ちたいという気持ちだったんでしょうが、一時的なイメージアップにつながったのは間違いない。

溝口:東日本大震災のときも、ヤクザはトラックを何台も借り切って、物資を届けたりしていました。

鈴木:原発事故が起きたこともあり、道路が遮断されていた。こういうところに真っ先に駆けつけるのがヤクザですよね。当時、「伊達直人(漫画『タイガーマスク』の主人公)」の名前で匿名寄付するのが流行っていたから、それに倣って物資を置いてきて、感謝状をもらったヤクザは本当に嬉しそうでした。

溝口:ヤクザの根っこに関わるところで、困っている人を助けるという「任侠」の心の部分。金銭的なメリットなんてないんだから。運送業者からトラックを手配して、物資をかき集めて運ぶまで、すべて自腹を切っている。

鈴木:別に組織の上から命令されたわけじゃなく、30〜40代の若手の組長たちがニュース見て思い立ったらもう行っている。とにかく早くて、東日本大震災でも、政府が原発事故で右往左往しているときにはもう駆けつけていました。それも、トラックを手配したり物資を調達したりをすぐできる力があるからこそできることですが。

●みぞぐち・あつし/ジャーナリスト。1942年、東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業。ノンフィクション作家。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。主な著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』『さらば! サラリーマン』など。

●すずき・ともひこ/フリーライター。1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』『ヤクザと原発』『サカナとヤクザ』など。

※週刊ポスト2019年10月11日号

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