小4殺害事件 義父と暮らした経験がある女性が感じたこと

小4殺害事件 義父と暮らした経験がある女性が感じたこと

痛ましい事件を起こした進藤悠介容疑者(写真はLINEで使用されていたもの)

 体当たり企画でもおなじみの女性セブンの名物アラ還ライター“オバ記者”こと野原広子さん(62才)が、世の中で起きている事件に対して、思いのままに意見をする。今回のテーマは「連れ子と義父の難しい関係」だ。

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 埼玉県さいたま市の教職員用集合住宅で、小学4年生の進藤遼佑さん(9才)が、32才の義父・悠介容疑者に殺害された、と報じられた事件(9月30日現在)について。

 9月19日に逮捕された悠介容疑者は、警察の取り調べに対して、「本当の父親じゃない」と言われて腹が立ったので、延長コードで首をしめたと自供している(20日に一転して否認)。

 遼佑さんは高校教員の母親(42才)の連れ子で、母親は1年半ほど前に悠介容疑者とネットで知り合い、今年3月に再婚したという。この親子に何があったのか…義父と18才まで暮らした経験のある私には、なんとなくわかるんだよね。

 母(当時35才)より6才年下の義父がわが家にやってきたのは、私が小学生になる前の年。若い時は私から見てもイケメンだったけど、仕事が続かず、何度も失業していた。

 悠介容疑者と義父の共通点はまだある。近所の人から、「やさしい」と見られていたことだ。

 で、実際はどうか。「いいお父ちゃんで幸せだなぁ」と、そう言って近所の人は私の顔を覗き込む。私が「うん」と答えると、母親は「親切だからなぁ」と満足気だ。

 そっか。夕べ、私が畳に落としたご飯粒を踏んだと言って、「てめえ、この野郎、ふざけんな」と、町のチンピラさながらの言葉で怒鳴り上げながら私に向かってきた義父を、同居していた祖母が泣いて止めたことを、母親は、ないことにしたいんだな。

 幸い、私は母親の愛情を疑ったことはないけど、義父に対しては女としての気持ちがある。母と女。そのはざまに私がいる。子供の私は動物的な勘でそれを感じたの。

 だから、かなりの確信をもって言えるんだけど、遼佑さんはことさら、悠介容疑者になついているそぶりを見せて、母親を安心させたのではないかしら。そして、女の母親はうすうす何かを感じても、自分の明日のためにあえて見逃したのではないか。

 とはいえ、義父と2人きりになると、どうにもギクシャクする。子供の頃から、「言いたい放題」と言われた私だって、言葉ひとつ、仕草ひとつ、義父の顔色を見ながらしていたもの。

 それがうまくいっているうちはいいけれど、そこは子供。内心思っていることが表に出ちゃう時があるのよ。

 私の場合は、義父の無学がイヤだった。新聞は読まず、大人の男と話すのが苦手で、気に入らないことがあると部屋の隅で突っ伏しているか、家族を怒鳴るか。そんな義父を私は心の底からバカにした。

 シングルマザーと再婚した義父の立場になれば、たまったもんじゃなかったと思う。目の前にいるのは妻と連れ子だけど、実はもう1人いるんだもの。どこに? 連れ子の姿形、口ぶりの中に。

 ひと口に9才といってもいろいろだけど、私のように否応なく大人の事情の中で揉まれたら、大人の痛いところは瞬時に見抜くわよ。

 私が遼佑さんなら、悠介容疑者がもっとも言われたくない、「働いていないくせに」と間違いなく言ったと思う。

 でも自分の身の安全を考えて、2人きりの時ではなく、母親の前で。いや、遼佑さんは母親を追い詰めたくなかったから、若い義父と2人きりの時に言ったのかも。

 もちろん実の親子だからといってうまくいくとは限らないよ。

 実の子の愚痴を言う母親の決まり文句に、「あいつにそっくり」というのがある。“あいつ”とは、いうまでもなく仲の悪い夫のことだ。それに「姑に似ている」「夫の弟にそっくり」と、夫側の身内が続く。

 それでも私の体験では、“血縁”の激しいギクシャクと、赤の他人の“親子もどき”の間に流れる冷たい空気は、まるで違うんだわ。

 ということは、連れ子の父親や母親になるのはそれなりのストレスがあるはずで、いつ何が起きてもおかしくない(もちろん、いい関係を築き上げる親子の方がずっとずっと多いんだろうけど)。

 そういう危うい家庭が日本中にどれだけあるか。厚生労働省によれば、平成30年度の婚姻件数が約59万組、離婚件数が約20.7万組。この数字をして「現代日本では3組に1組が離婚している」なんて報じられているけど、親の離婚で人生を変えられた子供がどれほどいるか…。

 でも…怒鳴り散らし、15才の私に「女は高校に行くことはない。中卒で働け」と言って、一も二もなく丁稚奉公に出した義父だけど、大人になるにつれて、彼の立場もだんだんとわかってきてね。

 義父が笑うと私もうれしいと心から思えるようになってから、昨冬、義父を見送った(享年81)。

 まあ、いろんなことがあったけど、最後に「長生きしてくれてありがとう」と言ってもよかったのかなと、今は思っている。

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