前澤友作氏が振り返る、高校時代に起こした「小さな革命」

前澤友作氏が振り返る、高校時代に起こした「小さな革命」

インタビューに応じた前澤友作氏

 ネット衣料通販大手ZOZOがヤフーに買収され、創業者である前澤友作氏(43)は社長を退任した。億単位の現代アートや高級車を買いまくり、月旅行をぶち上げ、人気女優と堂々交際するなど、耳目を集める言動で常に注目を集めてきた前澤氏だが、どのようにして今の立場や考え方に至ったのか。「嫌われたくないんですよ、ホントは好かれたいんです」──意外な一言から、プロインタビュアー・吉田豪氏による“深彫りインタビュー”は始まった。

──いろいろなところで叩かれる、こういう有名税的な状況にはいつごろ慣れたんですか?

前澤:有名税……だけど、昔から煙たがられるような言動も多かったので、よく言われてましたよ。

──でも、バンド時代にはさすがにないわけじゃないですか。

前澤:いやいや、よく言われてましたよ。すぐ音楽性を変えるもんで、ファンのことを考えてないとかって叩かれたこともあるし。昔から、なんか変わらなきゃとふと思ったり、今の音楽に飽きちゃったりすると、どんどん遠慮なく音楽も変えていってしまうタイプなので。ありがたいことにファンも多かったですけど、アンチで、批判する人も昔から多かったですね。

──じゃあある意味、慣れてはいる。

前澤:慣れてます。学校の先生にもめっちゃ嫌われていましたし。

──それは基本、言うことを聞かないからですか?

前澤:言うことを聞かないし、きっとグサッと傷つくようなことを大人に対しても言っちゃうんですよ。「生き方がカッコよくない」とか(笑)。昔から人に刺さる言葉をついつい。

──当然、大半の教師はカチンときて。

前澤:それはきますよね、生徒にそんなことを言われたら。

──多少の反省はあるんですか? 間違ってなかった?

前澤:いや……間違ってないですね(笑)。やっぱり子供が最初に働いている大人を見るのって先生じゃないですか、だから先生にはカッコよくあってほしいんですよって、よく先生にも言ってました。

──前澤さんは1990年代に「Switch Style」というハードコアパンクバンドのドラマーとして活動していたわけですけど、パンクから一番学んだことっていうのはなんですか?

前澤:うーん……いっぱいありますけど、常識なんていうのは常識じゃないっていうか、みんなが言ってる常識なんて、そんなの疑ってかかれみたいなことですかね。中高時代はめちゃくちゃ反骨的でした。高校生のときは学ランの学校なのに私服で通学したり。その頃から、「どうやったら校則を変えられるんですか先生? なんでこんな学ランで行かなきゃいけないんですか?」とか言ったりする、面倒くさい生徒でしたね。

──気持ちはすごくわかります。

前澤:それ、みんな言うけどなかなか行動には移さないじゃないですか。僕やっちゃうんですよね。どうやったらホントに校則を変えられるのか考えて行動に移すタイプで、だから煙たがられていたんでしょうね。

──その結果、私服で登校できるようになって。

前澤:僕が私服で行く頃には、もう先生には何も言われなくなってて。校門に生徒指導の先生が立っているんですが、「ボタンを閉めろ!」とか学ランの生徒には言ってるんですが、僕だけは私服でもスルー。

──それは、こいつに何か言うと面倒くさいと思われたから?

前澤:おそらく。面倒くさいし、完全にあきらめられてるし、もうこいつは卒業もする気ないんだろうなって思われてたので。

──でも反抗しながらもちゃんと学校には行くわけですよね。

前澤:行きましたね、仕事がない日はちゃんと(笑)。

──高校時代、肉体労働のバイトにも行きまくってたという。

前澤:そうです。半分以上は仕事をしていました。変わった学校ですよ、当時の早実(早稲田実業高校)は。当時の担任の先生のはからいで、「仕事の日は電話すれば俺がなんとかしておくから」って。バンド活動をするには、お金がなかったんです。楽器を買わないといけないし、練習スタジオもけっこう高い。スタジオが一番安いのが深夜なのでオールナイトパックみたいな、深夜12時に入って朝の6時まで練習して始発で帰る、みたいなことを高校時代はずっとやってました。仕事をしないとスタジオ代も稼げないから、仕事をしながらバンド活動をして、学校に行って。

──それで結局、校則は変えられたんですか?

前澤:校則は、結局残念ながら変えられませんでした。だけど、自分みたいな出席日数で卒業できたっていうのは、けっこうまれなケースだったと聞いています。何が起きたかっていうと、「日数が足りないっていうだけで、この学校は卒業証書すら出さないのか。若者が夢を実現するために必死に仕事をしながら、学校にも通い、卒業したいって言ってるじゃないか。それを応援できない、単なる出席日数だけで切るっていうのはどうなんだろうか」と職員会議で僕の卒業に関して議論になったらしく、結果、「まあいいだろ、卒業証書をあげよう」ということになり。

──小さな革命は起こせたんですね。

前澤:そう。担任の先生が学生運動をやってた方で、ちょっとパンクで熱血漢の人だったんですよ。その先生のお陰ですよね。その先生はホントにいまだにカッコいいなと思う先生のひとりとしてよく思い出しますよ。ついこの前、退任されるっていうことで、お別れ会に行きました。

【PROFILE】まえざわ・ゆうさく/1975年千葉県生まれ。早稲田実業高校卒業。在学中にバンド結成。活動の傍ら1998年にスタートトゥデイを設立。2004年に「ZOZOTOWN」を開設し、2007年マザーズ、2012年東証1部に上場。2018年にはZOZOに社名を変更。2019年9月に同社社長を退任した。

●聞き手/吉田豪(プロインタビュアー)

※週刊ポスト2019年10月18・25日号

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