息子の大学進学を叶えるために40代の父は特殊詐欺に加わった

息子の大学進学を叶えるために40代の父は特殊詐欺に加わった

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 かつて特殊詐欺に加わる人は、もともと不良グループメンバーだったとか、半グレと呼ばれる集団に所属するような若者が中心だった。ところが数年前から、生活苦に悩まされる普通の人たちが、特殊詐欺の構成員になり、逮捕されることが増えてきた。成人した子供もいる40代男性がなぜ、特殊詐欺に関わり逮捕、刑務所生活を送ることになったのか。ライターの森鷹久氏がレポートする。

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「詐欺だってわかってました、でもやるしかない。生きるためです」

 2014年に特殊詐欺の受け子をして逮捕され、春に晴れて出所し「シャバに出てきた」という無職・秋本俊二さん(仮名・40代)。現在は、厚労省が実施する求職者支援制度を利用し、月に10万円の給付金を得ながら、プログラミングを学ぶ為のスクールに通う日々。東京都下の自宅は今時珍しいトイレ共同の古い木造アパートで、家族は収監中に去った。連絡先もわからず、名実ともに「独り身」だ。

「自動車工場の期間工をやっていた時に誘われたのが受け子でした。金を受け取りに行くだけの仕事、と言われて疑わないはずがない。しかし、息子が大学進学を望んでいたし、期間工の給与だけではとても間に合わない。自身の小遣い稼ぎにもなるかもしれないと思い、安易にやってしまった」(秋本さん)

 秋本さんの妻は、結婚から15年ほど経った時に難病に侵された。それまで、映像制作会社で働いていた秋本さんは、病院への付き添いや看病のために仕事を辞め、妻に付きっ切りで寄り添ったが、そんな最愛の妻も、2010年にこの世を去る。

「仕事はない、でも子供は育てなきゃいけない、妻を亡くしたショックもある。工員をやってなんとか生活していましたが、もうどうにもならないと思いました。いっそ、保険に入って死のうか、その方が子供に金を残せると」(秋本さん)

 そんな時、秋本さんに悪魔の囁きをしてきたのが、期間工時代の同僚だった。

「元暴力団組員だと言っていましたが、本当のところはわかりません。年齢も近く、なんでも話せる仲でした。自分もやっているからと言われ、犯罪でもなんでもいいと、自身を押し殺してやりました」(秋本さん)

 実際の「仕事」は本当に簡単だった。スマホアプリで示される住所に赴き、指示された通りの名前を告げて金を受け取るだけ。少しでも疑われたり、住所近くを一度素通りして、怪しい男がいれば絶対に家を訪ねるな…言われるがままにやって、期間工の仕事が休みの土日祝日だけの稼働で、月に5〜6万円を手にできた。期間工の給与が手取りで月に30万円。妻の病院代の借金を返し、家賃と生活費、そして子供の学資保険も支払うことができる。生活に光が見えた気になった。

「仕事を紹介してくれた男性も、元暴力団組員なんて期間工くらいしか働き口がないと言っていました。そんな中でのアルバイト。みんな生きるために必死、今だけ、せめて子供が成人するまで…と自分に言い聞かせながら」(秋本さん)

 秋本さんは、実は特殊詐欺の「かけ子」もしていたことがある。そこでは、息子と変わらないくらいの若者たちが懸命に「かけ子」の仕事を行なっている姿を目撃した。

「その日に設定されたマニュアルにそって、必死に受話器の向こうの高齢者を騙す。金を盗れなければ、給与もゼロ。盗れれば、1日で10万円もらえることもある。犯罪の現場ではあったのですが、とにかくみんなストイックにやっていました。私と二十代の若者で、タバコ休憩中に、どうすれば騙せるか真剣に議論したほど。一生懸命に”仕事”をしている気になった」(秋本さん)

 秋本さんによれば、その若者は沖縄県から上京してきた男性で、仕事をクビになり特殊詐欺に関わるようになったと話していた。こんな仕事(詐欺)、本当はやりたくないが生きていくためには仕方ないと声を潜め打ち明けられたこともあった。

「受け子で捕まる一ヶ月ほど前、私と同い年くらいの女性が受け子としてやってきたこともあった。どうしてこんな人が、と思いましたが、リストラにあい、遠いところに暮らす実家への仕送りのためにやっていると話していた。みんな同じだなと、生きるために必死だと感じました」(秋本さん)

 逮捕された後、秋本さんはやっと我に返った。自宅近くに住む元保護司の男性を警察に紹介され、生活を立て直す相談ができるようになり、今に至る。食うに困り、反社会的行為に手を染めてしまう可能性は誰にでもある。だがその時に、家族や親族以外に相談できる相手がいないか、相談する人、機関があることを知っているかで、犯罪の抑止力にもなりうると、今になって気が付いたのだと秋本さんは言う。

「ずっと一人で苦しんできたと思う人にとって、いつか誰か助けてくれるという希望は持ちづらいです。近しい親族がいなければなおさらでしょう。私は、過ちを犯した後に気がつきましたが、役所や警察に、恥も外聞も捨てて、生きていくために犯罪をしてしまうかもしれない、と相談するのも手なんです。善く生きないと、生きている意味はない」(秋本さん)

 秋本さんは、病気の家族に寄り添い、子供の進学希望を叶えるために懸命に働いた。特殊詐欺グループに加わってしまったが、息をするように詐欺をする人たちと秋本さんは根本的に違う。そして残念ながら、秋本さんのような詐欺逮捕者は今も増え続けている。生活が苦しくなった初期の段階で、真面目に貧困問題に取り組む専門家と出会うなどのチャンスがあれば、彼らは詐欺に関わることのない人生を歩めていただろう。

 収監中、親族に養子として迎えられた息子と連絡が取れるのは、年に一度か二度。思春期の、しかも大学入試まで間もない時に父親が逮捕されたということで、計り知れないショックを受けた息子は、今も秋本さんを軽蔑の目で見ているはずだという。大学進学できたらしいというぼんやりした進路しか教えてもらえず、「お前のためにやったんだ」と何度か言いそうになったが、やめた。人を騙すことが、息子が理由であってはならない。息子には何も関係ないのだ。

 生きるために何をするか、そして生きるからにはどう生きるべきか。秋本さんの言葉が、まさに犯罪に手を染めようとする必死な人々に届くことを祈るばかりだ。

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