山口「つけびの村」事件、噂話の数々が人々を殺したか

山口の限界集落で起きた連続殺人放火事件を取材した『つけびの村』がベストセラー

記事まとめ

  • 山口の限界集落で起きた連続殺人放火事件を取材した『つけびの村』が人気になっている
  • 「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という貼り紙の作者は逮捕され、死刑が確定した
  • 村の住人たちは「(不審火の)犯人は違うと思うんや」と話していたという

山口「つけびの村」事件、噂話の数々が人々を殺したか

山口「つけびの村」事件、噂話の数々が人々を殺したか

この張り紙は大きな話題になった(時事通信フォト)

 6年前に山口県の限界集落で起きた連続殺人放火──人々の記憶からも薄れつつあった事件を取材した『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)という本が、発売早々増刷を重ねる異例のベストセラーとなっている。話題になっているのは、村の住人たちが著者に語る、真偽不明の“噂話”の数々。この不気味な噂こそが、事件の核心なのだという。同書の著者でノンフィクションライターの高橋ユキ氏がレポートする。

 * * *
 2013年7月21日、山口県周南市の山間部、わずか12人が暮らす集落で突如、2軒の家が燃えた。焼け跡から70代の男女3人が遺体で発見された。さらに翌日昼、同じ集落から80代男性と70代女性がそれぞれ自宅で殺されているのが発見される。5人は全員撲殺されており、連続殺人放火事件とされた。

「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」

 その頃、集落に住むひとりの男が、事件発生当時から姿を消していた。これは、男の家のガラス窓に貼られていた自筆の川柳だ。

「放火をほのめかす貼り紙」
「不審なメッセージ」

 事件発生当初から、メディアはこのように報じ、警察は男の行方を追っていた。

 だがこの貼り紙は、事件に関する男の決意表明でも、犯行予告でもなかったことが、のちの取材で明らかになる。

◆「犯人は違うと思っている」

 事件発生数日後にその川柳の作者、保見光成(69)は山中に潜伏しているところを機動隊員に発見され、逮捕に至る。のちに非現住建造物等放火と殺人の罪で起訴され、今年8月に死刑が確定した。私が初めてその集落に取材に訪れたのは、事件から3年半が経とうとする、寒い冬だった。

 半数以上が高齢者のいわゆる限界集落。事件でさらに人口が減り、数えるほどしか人が住んでいない。一軒一軒まわり話を聞くと、こんな声が聞こえてきた。

「うちの後ろに火をつけられたことがある。その2、3日後に貼っちょったね」
「貼り紙はだいぶ前に、あそこの家の風呂が燃えたあとに貼られた」

 事件が起こる前に不審火があり、川柳はその後に貼られたのだという。だが、「思うに、その(不審火の)犯人は違うと思うんや」――皆が口を揃え、こう言うのだった。そのうえ、「何回かあったらしいよ」と、不審火は何度かあったとも。

 多くのメディアは誤解していたが、この川柳は「犯人による犯行声明」ではなかった。ある村人の家で不審火が起こったあとに貼られたものであり、しかもその犯人は保見ではない、というのである。

 こうした情報に触れ、私には“村での噂”をさらに取材したいという気持ちが湧き起こった。その後、周南市を度々訪れた。

 保見は、逮捕後に行なわれた精神鑑定を根拠に、事件当時『妄想性障害』にあったが、完全責任能力を有していたとして、死刑が言い渡されている。

「近隣住民たちが自分の噂や挑発行為、嫌がらせをしていると思い込むようになった」

 判決ではそれらはすべて妄想だと認定された。たしかに、いくら取材を重ねても“挑発行為”や“嫌がらせ”は確認できなかった。むしろ、妄想性障害を発症した保見は、村人たちに「俺の家のものを盗んだだろう」「俺は薬を飲んでいるから人を殺しても死刑にはならない」などと食ってかかるようになり、村人たちを怖がらせていたフシがある。

 ところが“噂”に関しては、保見の妄想ではなく本当に存在した。保見についてはかねて村中で“父親が泥棒だった”と言われていたようだ。

「今なら笑えるものを盗りよったらしいよ。まあ洗濯物とか、カボチャとかやね」
「米も洗濯物も盗られる。盗んで着るんじゃから、すぐわかるよ」

 噂の対象は保見だけではない。わずか12人の集落で、村人全員の噂や悪口が飛び交っていた。

「あいつも泥棒じゃった」
「役場に勤めていた時から嫌われちょった」
「原発に反対しとるくせに、電気をたくさんつけとる」
「偉そうじゃから、話さんほうがええ」

 なかでも村人たちが先の不審火の犯人と名指しする人物は、驚くことに今回の事件の被害者だった。にもかかわらず何人もの村人が、「保見が飼っていた犬や猫をその人が殺した、だから恨まれていたのだ」──次々にそう口にするのだ。

 携帯電話も通じず、近代的な娯楽といえばテレビ程度。そんな環境で、村人たちは、保見だけでなくあらゆる噂話に興じていた。

◆「噂話ばっかし、噂話ばっかし」

 集落で“盗人の息子”だと囁かれていた保見は、中学までこの地で育ち、卒業後に上京。左官として働いていたが、40代の頃、両親の面倒を見るためにUターンしてきた。その時に自力で建てた新宅には、カラオケやバーカウンターなどが作られていた。ここで保見は村おこしの意味も込めて『シルバーハウスHOMI』という便利屋をやろうとしていたのだ。

 だが、便利屋は軌道にのらず、開店休業状態に。村に馴染めず、次第に集落のもやい仕事にも参加しなくなり、回覧板を受け取ることもなくなった。両親が亡くなったあとは完全に孤立し、あらゆる噂が蔓延するなか、ネガティブな思い込みをさらに深め、事件は起こった。

「噂話ばっかし、噂話ばっかし。田舎には娯楽はないんだ、田舎には娯楽はないんだ。ただ悪口しかない」

 事件後に山中から発見されたICレコーダーにこう吹き込んでいた保見は、広島拘置所で接見した私に、「村人に犬猫を殺された」といった噂話を繰り返し語った。

 事実として保見が5人を殺したことは間違いない。しかし、噂が5人を殺したのか? この問いに対する答えは裁判では結局示されなかった。最高裁では『妄想性障害』という単語すら出てこない。いわば司法は動機を確立することを避けたのだ。

 誰が殺したのかではなく、なぜ事件が起きたのかを知るためには、噂そのものを主人公にするしかない。

【PROFILE】たかはし・ゆき/1974年生まれ。福岡県出身。女性による裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」としてさまざまな裁判傍聴記を発表、その後フリーライターに。主な著書に『木嶋香苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』など。

※週刊ポスト2019年11月1日号

つけびの村  噂が5人を殺したのか?

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