IIJ鈴木幸一会長が語る経営理念「濡れ雑巾は絞るな」の意味

IIJ鈴木幸一会長が語る経営理念「濡れ雑巾は絞るな」の意味

IIJの鈴木幸一会長

 ここ5年間で一気に浸透した「格安スマホ」や「格安SIM」。日本でいち早くこのサービスを開始した(法人向け2008年〜、個人向け2012年〜)のが株式会社インターネットイニシアティブ(以下IIJ)だ。

 同社は1994年に日本で最初の商用インターネット接続サービスを始めた業界のパイオニア。「ミスター・インターネット」として知られる創業者の鈴木幸一会長(73)に今後の展望を訊いた。

──このインタビューでは「平成元年(1989年)に何をしていたか」を最初に伺います。

鈴木:当時はフリーでコンサルをしたり、産業連関表を作成する日本アプライドリサーチ研究所などに籍を置いていました。

 1989年はちょうどイギリスでの仕事も多かった頃で、イギリスのバンカーたちとは「アメリカのITベンチャーに投資するビジネスをやらないか」などと相談していた。日本ではまだインターネットは話題にすらなっていませんでしたが、アメリカやヨーロッパではその息吹が芽生え始めていた。

──その後、1992年12月に会社を設立した。しかし、郵政省(現・総務省)から日本初のインターネット接続事業者として認可が下りるまでは1年3か月の時間がかかった。

鈴木:こちらは資金に乏しいベンチャー企業でしたし、まだ日本では「インターネットとは何ぞや」という時代でしたから、認可を得るまでに紆余曲折ありました。

 この時代の日本は、情報通信分野の技術革新によって産業構造そのものが変わっていくという理解がなかった。もう一度、世界の覇権を握ろうとするアメリカの戦略も理解できなかった。

 1980年代、日本は製造業の分野で“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と称賛されていた。一方、ものづくりで日本に敗れたアメリカは、金融と情報通信の技術革新をリードすることで、世界での覇権を取り戻すことを考えたわけです。その2分野でアメリカがプラットフォームを握るという明確な意思がありました。

 それに対し、日本は何も動かなかったわけです。製造業が絶頂期を迎えていたから仕方なかったけれど。

 現在、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの4社)が牽引するアメリカ経済に日本が立ち後れてしまったのは、この時代の無理解が尾を引いているのかもしれません。

──それから四半世紀、IIJの売り上げは年間2000億円弱となりました。

鈴木:IIJのメインの事業は企業向けのサービスですが、個人向け格安SIMでも当社のシェアは国内3位で、法人向けや家電量販店向け、OEM(他社ブランド品の製造受託)まで含めるとトップシェアとなります。

 しかしまだまだ日本における格安スマホ・格安SIMのシェアは低い。海外では25%、ドイツでは50%を超えていますが、日本のシェアは12%ほどにとどまっています。

──普及の障壁は何か。

鈴木:我々のような事業者は「仮想移動体通信事業者(MVNO)」と呼ばれ、通信キャリアに接続料を払って回線を借り受けることで格安SIMサービスを行なっていますが、その接続料がまだまだ高いのです。その算定根拠もよくわからない。接続料が今後もっと下がっていけば、回線品質はもともと海外に比べて日本はすごく優秀ですから、まだまだ伸びると思います。

──フリーテルやDMMモバイルが楽天傘下に入るなどMVNO事業者間の競争も厳しさを増している。

 昨年3月から、当社が日本で初めて開始したのが「フルMVNO」のサービスです。「フルMVNO」はコアとなるネットワークの一部を、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクといった通信キャリアの設備を利用せずに自前で運用する事業形態のこと。これによって海外のモバイル事業者と直接接続できるようになるなど、柔軟性の高いサービスが可能になります。

◆「大物財務次官」を社長に招聘

──それ以外のビジネス展開は?

鈴木:昨年1月に出資会社20社とディーカレットを設立し、フィンテック事業に参入しました。ディーカレットはデジタル通貨の取引・決済サービスのプラットフォームを提供する会社で、日本のキャッシュレス化を後押しするサービスを提供していきたい。

 また当社にはJOCDNというグループ会社がある。民放5系列15社とWOWOWが出資参画し、TVerなど国内向け動画配信のコンテンツ・デリバリー・ネットワークサービスを展開しています。今年2月には、世界初の4K映像・ハイレゾ音源のインターネット・ライブ・ストリーミング配信に成功した。当社には高い技術力の裏付けがあるので、そうしたサービスをいち早く提供していける強みもある。

 IIJは、IT系の会社にしては珍しく、企業買収などをせずにここまで成長してきた。今後も世界で注目される技術屋集団を目指していきたい。

──経営体制では、6年前の2013年に大物財務次官として知られた勝栄二郎さんを社長に招聘した。

鈴木:彼(勝氏)とは古くからお付き合いがありました。変にIT業界にどっぷり漬かってきた人よりも、アメリカのようにもっと国家の政策的な視点を持った人に入ってほしかった。また、経済団体の首脳は皆さん重厚長大産業出身の人たちが多い。そうした産業の人脈も広いことからお願いしたわけです。これから先のIT業界は「会社だけが儲かればいい」という視点ではなく、「社会にどう貢献していくか」が大事ですから。

──今後のIT業界に何を提言しますか?

鈴木:元々はホンダ創業者の本田宗一郎さんから伺った言葉なのですが、発展途上の企業は「濡れ雑巾は絞るな」という考え方が大事です。

 これは、コストを切り詰めるために(雑巾のように)ぎゅうぎゅう絞るのではなく、研究開発費をしっかりと確保して失敗を恐れずにチャレンジすることが重要という意味です。

 たとえばトヨタ自動車さんやNTTさんなどの巨大企業になると、ちょっと節約すれば利益が出る。しかし、IIJは永久に無駄をしてチャレンジし続けないと成長しない規模の会社です。それを決して忘れてはいけない。それが巨大なライバルに立ち向かっていく上で必須の条件だと思っています。

【PROFILE】すずき・こういち/1946年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、社団法人日本能率協会の職員などを経て、1992年に株式会社インターネットイニシアティブを設立。

●聞き手/河野圭祐(ジャーナリスト):1963年、静岡県生まれ。経済誌編集長を経て、2018年4月よりフリーとして活動。流通、食品、ホテル、不動産など幅広く取材。

※週刊ポスト2019年11月1日号

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