エア取材問題の深層 フリーライター歴25年のベテランが考察

エア取材問題の深層 フリーライター歴25年のベテランが考察

ちゃんと顔をつきあわせて仕事してますか?(写真:アフロ)

 実際に取材をしていないのにあたかもしたように装って記事を制作するいわゆる「エア取材」、つまりねつ造記事の問題が連日ネットを揺るがしている。フリーライター歴25年の神田憲行氏が考える。

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「エア取材」が話題になる前から、最近ふと自分の仕事に疑問を感じることがあった。「これ、俺が本当に取材したかどうか、編集者はわからへんな」と。実際に取材したかどうかなんて、私の記憶にある限り確認されたことは一度も無い。それは私がベテランだからというのではなく、若いときからない。

 理由は簡単で、インタビュー取材ではだいたい相手の写真を撮影しているからだ。また取材をテープに録音していて、テープ起こしもしている。若いころは編集者から「もっと面白い話は聞けていないのか」と怒られて、そのテープ起こしした原稿を見せていた。

 電話取材のように写真が撮れず、匿名氏の証言のように録音不可の取材(そういう人がたまにいるのです)の場合はどうするかというと、取材ノートが決め手になる。私はそこまで確認されたことはないが、訴訟リスクに備えて一定期間ノートを保管するように編集者から勧められたことはある。今でも取材ノートは2年は保管している。幸い訴えられたことはないが。

 それでも昔はよく、新聞記者の人から「週刊誌はでっち上げの記事が多いんでしょ」と言われたものだ。とくに出てくる人間が匿名ばかりの社会風俗系の記事は疑われた。

 週刊誌でアンカー(他のライターが取材したデータ原稿を元に記事原稿をまとめる役)をしていたとき、「人妻合コン実況中継」という原稿を書いた。いま自分で改めて書いて膝から崩れ落ちそうなくらいトホホな記事だ。1ミリも健全な社会の建設に貢献しない。それでもちゃんと編集者とライターは人妻さんたちを呼び出し、個室居酒屋でエッチな雰囲気の合コンをしていたのである。文字データだけだと私の筆が乗らないと編集者は予想して(当たり前だ)、人妻さんの後ろ姿の写真まで撮ってきた。

 その写真を睨みながら、私は「栗色のカールした髪の毛が肩まで伸びて」など描写していく。あんまり正確に書いて人妻さんが「身バレ」(身元がバレること)するとマズイので、細かくは書かない。また「ウイスキーの水割りをマドラーで混ぜたときに胸が揺れる」とか、データ原稿にない描写も混ぜておく。これを「ねつ造」といわれると辛い。

 名前も「A子さん」「B子さん」では寂しいので、「○○美さん(匿名)」のように命名する。これもルールがある。ある風俗店の体験ルポのアンカー仕事をしていて、風俗嬢について「松嶋菜々子似」と書いたら担当編集者から「これはいけません」とクレームがついた。

「なんで?」

「松嶋菜々子みたいな美人がピンサロにいるわけがない。リアリティがありません」

「あのさ、クレオパトラがピンサロで働いているて書いてるわけじゃないんだから」

 そこで彼としばらく話し合ったのだが、結局、松嶋菜々子はダメというラインは譲らなかった。普段は女について紙のように薄いモラルしか持ち合わせていない男が、なぜそこまで松嶋菜々子を神聖視しているのか不思議だった。

 たわいもない話をグダグダ書き連ねているように見えるだろうが、若い編集者やライターがこの文章をただ笑って読んでてほしくない。あなたたちはただのエロ記事でもこうやって、ちゃんと顔をつきあわせて記事を作ってきただろうか。仕事をメールで投げ、原稿をメールで投げ返すことだけしかやってこなかったのではないだろうか。

 顔をつきあわせて無駄話をしているようで、お互いの仕事観、倫理観を交換していく。これがねつ造を生まない信頼関係の醸成につながる。ただ編集者、ライターという関係を結ぶだけで信頼関係が生まれると思い込んでいたら大きな間違いだ。

 そして信頼関係の醸成は、もっとも大切な価値観を共有することにつながる。それは「読者を裏切らない」ということだ。紙でもネットでもテレビでも、この一点さえ間違わないようにしておけば、大きな事故につながらない。しかし最近は「炎上商法」という言葉が大手を振っている通り、どうもこの価値観がおざなりになっている気がする。PVももちろん大事だが、「なんで記事を書いているのか」という根底をまず確認したい。

 私はキャリアだけは長いしパートナーの編集者も紙の経験を積んできている人が多いので、初めて仕事をしてもこの価値観は「あ・うん」の呼吸で伝わる。しかしこれが両方ともその価値観がない人だったら、どういう記事ができるのだろうか。

 エロ記事書いてた奴が偉そうにいうなと言われそうだが、編集者とライターの関係が薄くなってきたと、今の自分の仕事でも感じるので書いた。

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