天皇陛下 側近退任で生前退位へ壁できたか…?

天皇陛下 側近退任で生前退位へ壁できたか…?

9月末には4泊5日という長期日程で岩手県を訪問された

 天皇皇后両陛下は9月28日から国体の開会式に臨席されるために、岩手県を訪問された。国体開催県への訪問は例年2泊3日ですが、今年は東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県ということもあり、両陛下の“祈りの旅”の行程も組まれ、4泊5日という異例の長期日程になりました」(皇室記者)

 両陛下は高齢をおして、黙々と務めを果たされている。だがその目前では、陛下のお気持ちに水を差すような“壁”が静かに作り上げられようとしていた。

 ご出発2日前の9月26日、宮内庁長官の風岡典之氏が職を退いた。風岡氏は9月15日に70才の誕生日を迎えた。

「宮内庁長官は70才を節目に勇退するのが慣例です。また、今年7月に陛下の『生前退位』の意向が報じられ、8月に入って『お気持ち』の表明が行われました。10月になって有識者会議で議論が始まる前に退いて、新長官の元で話し合いをスタートさせたほうが後々の混乱を招かないと考えたのでしょう」(政府関係者)

 ところが、それは表向きの理由に過ぎない。宮内庁関係者はこう声をひそめる。

「職員の異動時期は年度末が基本です。過去には70才になっても翌年春まで務めた長官もいますし、誕生日からたった10日での退任は前例がない。風岡氏本人ももちろん来年3月まで宮内庁長官の職務をまっとうし、自分が長官の職にある間に陛下の生前退位について一定の道筋をつけるものと思っていました。

 つまり、来年1月に招集される通常国会で、陛下の望まれる生前退位に関する法案が提出されるのを見届けてから退任するつもりだったんです。風岡氏の退任が早まったのは、首相官邸から何らかの働きかけがあったからともっぱらの噂です」

 今回の生前退位の意向でも、宮内庁と官邸の足並みは揃わなかった。官邸サイドは「退位の自由は憲法上認められていない」と判断し、安倍晋三首相のもと、杉田和博官房副長官が中心になって公務負担の軽減など既存の制度の中で対応しようと検討を進めてきた。

「その一方、陛下のお気持ちは強くなるばかりで、宮内庁は風岡長官を中心に陛下のご意向に寄り添ってお気持ちの表明を実現させました。官邸サイドから見ると、風岡長官は生前退位への陛下の思いを留まらせるよう動くべき立場なのにしなかったという評価なのです。今回の退任劇には、その責任をとるという意味合いもあるでしょう」(官邸記者)

 風岡氏の後任にはナンバー2の宮内庁次長だった山本信一郎氏が昇格した。しかし、注目すべきは新たに次長に就任した西村泰彦氏の存在だと、別の官邸記者は指摘する。

「西村氏は警察庁出身で、警視総監や内閣危機管理監などを歴任しました。この先、生前退位が実現すると『退位された陛下』『天皇となった皇太子さま』『皇位継承順位1位の秋篠宮さま』の3人の警護という、前例のない警備体制を求められますから、その体制づくりに西村氏はうってつけでしょう」

 だが、それよりも特筆すべきは西村氏の“前歴”だ。

「西村氏の前職は内閣危機管理監。つまり、つい先日まで安倍首相の手元にいた人物ということです。宮内庁次長といえば、長官、侍従長、侍従次長らと皇室に関するさまざまな情報を共有する立場であり、宮内庁内部の動きに目を光らせることになるでしょう。

 加えて、現侍従次長の高橋美佐男氏も警察庁出身で西村氏と面識があるはずです。『宮内庁次長』と『侍従次長』、『オモテ』と『オク』、双方のナンバー2につながりがあれば、官邸側としては皇室典範の改正ではなく特措法で対応するという方向にかなりコントロールしやすくなります。風岡氏という側近の退任と、安倍首相が送り込んだ“監視役”の存在は、陛下の悲願達成への大きな壁になるかもしれません」(別の官邸記者)

撮影■雑誌協会代表取材

※女性セブン2016年10月13日号

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