佐藤優氏が読み解く北方領土 2島返還も択捉・国後は困難

佐藤優氏が読み解く北方領土 2島返還も択捉・国後は困難

日露交渉史の生き字引と言われる佐藤優氏

 12月のロシア、プーチン大統領の訪日を控え、今度こそ、北方領土は返ってくるのか──。日露交渉の内情を知り尽くし、“外務省のラスプーチン”と呼ばれた佐藤優氏(作家、元外務省主任分析官)が、にわかに騒がれ始めた「2島引き渡し先行」情報の意味を読み解く。

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 安倍政権が、北方領土政策の大転換に踏み切ろうとしている。9月23日の読売新聞は朝刊の一面トップでこう報じた。

〈政府は、ロシアとの北方領土問題の交渉で、歯舞群島、色丹島の2島引き渡しを最低条件とする方針を固めた。/平和条約締結の際、択捉、国後両島を含めた「4島の帰属」問題の解決を前提としない方向で検討している〉

 安倍政権は、歴史的な大転換に先立って読売新聞に情報をリークし、世論がどんな反応を示すのかを見定めようとしていると考えられるが、この大転換によって、北方領土交渉は一気に動き出す可能性がある。

 大転換の意味を正しく理解するには、歴史的経緯を知っておく必要がある。

 もともと東西冷戦期に日本政府は、択捉島、国後島、色丹島、歯舞諸島の「4島即時一括返還」をソ連に対して訴えていた。これはソ連政府が領土問題の存在すら認めていなかったからで、日本側としてはまず、“最大限の要求”を相手に突きつけ、問題の存在を認めさせる必要があった。

 1991年にソ連が崩壊へと向かう中で、領土問題の存在が認められるようになり、日本政府の基本方針は「北方四島に対する日本の主権が認められるならば、実際の返還の時期、態様、条件については柔軟に対処する」と改められた(1991年10月、モスクワを訪問した当時の中山太郎・外相が方針変更を極秘に伝えた)。

 つまりこれまで、日露が平和条約を結ぶ条件は、ロシアが「4島」を日本の領土だと認めることだった。それが、「色丹・歯舞の2島の引き渡し」に変わるというのが、前述の読売新聞の報道の意味するところだ。

 この転換によってなぜ北方領土交渉が動き出すのか。理由は1956年の日ソ共同宣言にある。同宣言の9条には、両国の間で平和条約が締結された後、

〈ソヴィエト社会主義共和国連邦は(中略)歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する〉

 と明記されている。つまり「2島の引き渡し」は、すでに同意された事項なのだ(ロシアはソ連の国際法的継承国なので、日ソ共同宣言での約束をロシアも履行する義務を負う)。

 安倍政権が、「2島引き渡し」を最低条件にするのであれば、残る問題は択捉島と国後島の扱いだけになる。

 もちろん、4島が日本固有の領土と主張してきた以上、択捉・国後を放棄するわけにはいかない。

 今後のシナリオは複数考えられるが、たとえばこんなやり方がある。色丹・歯舞の2島返還で先に平和条約を締結し、そこに択捉・国後に関して“交渉の余地”があると読める条項を書き入れるのだ。〈日露両国は、合意による以外の国境線の変更を行わない〉といった文言である。

 この文言があれば、「合意があれば国境線は変更される」と読めるので、日本側は、将来的に残り2島の帰属をめぐる交渉が可能だと主張できる(一方、ロシア側は、日本との領土交渉は終わったと主張できる)。

 残念ながら実際のところ、択捉・国後が近未来に返還される可能性は高くはない。それにも理由がある。1951年のサンフランシスコ平和条約2条c項で、日本は南樺太と千島列島を放棄している。この時の「千島列島」には択捉・国後が含まれているのだ。

 同年10月19日の衆議院平和条約・日米安保条約・特別委員会で、外務省の西村熊雄条約局長は、「サンフランシスコ平和条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えています」と答弁している。「南千島」とは、択捉・国後を指す。

 そうした国会答弁があるにもかかわらず言を翻し、いったん放棄したはずの択捉・国後の返還を求めてきた経緯があるのだ。

 もちろん、1945年8月9日、ソ連は日ソ中立条約を侵犯して対日戦争に踏み切ってきた。筋論からすれば、日本は南樺太と千島列島を放棄すべきではなかったわけだが、敗戦国が理不尽を受け入れざるを得ないのが歴史の現実だ。

 安倍政権は今後、サンフランシスコ平和条約で日本は択捉・国後は放棄しているという情報を周知させるプロパガンダ戦略を取るのではないかと考えられる。

 この「2島引き渡し先行」論は、過去に鈴木宗男・新党大地代表らが主張するたびに、「4島一括」に固執する右派・保守派から激しい批判を浴びてきたが、今回は推進するのが保守派の安倍首相なので、右派は批判しづらい面があるのだろう。

 その安倍首相はウラジオストークでのプーチン大統領との首脳会談(9月2日)に臨む2日前、官邸で鈴木宗男氏と面会。「2島引き渡し」を条件とする交渉を進めていくにあたり、“仁義”を切ったと考えられる。

 領土返還のシナリオが、現実味を帯びてきた。

※週刊ポスト2016年10月14・21日号

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