電通過労自殺事件へのコメントで炎上した大学教授を考察

電通過労自殺事件へのコメントで炎上した大学教授を考察

我々は働き過ぎている(写真:アフロ)

 過労で自殺した電通社員について、批判した大学教授のコメントが炎上した。問題は何か。コラムニストのオバタカズユキ氏が語る。

 * * *
 マスコミ界のガリバーとも称される大手広告代理店に勤めていた24歳の社員が、慢性的な長時間労働でうつ病に罹患し、自殺した。

 亡くなった社員は大学卒業とともに、厳しい入社試験を突破し、念願の広告代理店へ。ところが、秋ごろから徹夜勤務が増え、帰宅してもその2時間後に出勤する日がたびたびあるという状態に。親御さんが心配して有給休暇を取るように勧めたが、「上司に言いにくい」などと拒み、結果、翌年の夏に自ら命を絶ってしまった。

 さて、以上の話、このたび労災認定され、大きな話題となっている電通の新入社員だった女性(享年24)の過労死事件のことではないのである。1991年におきた「電通事件」についてなのだ。同じ会社で同い年の若手社員がまた過労死したわけなのである。

「電通事件」は、最高裁が過労自殺で使用者である会社の責任を認めた画期的判決として、人事の世界で知らぬ者はいない。この事件を深刻に受け止め、メンタルヘルス体制を構築しようと動いた役員も電通社内にいたが、実際は「そんなことをしたら競争力が落ちる」とする勢力に阻まれたと聞く。この件は、ヒアリングしているので、いずれきちんとした形で世に出したい。

 ここではその電通批判を批判する人々に、はっきりNOを言いたい。残業残業でロクに寝る暇もないのは、電通だけでなく他の広告代理店もそうだし、マスコミ全体も似たようなもの。いや、激烈な競争社会に生きるビジネスパ~ソンたるもの、みんなだいたいそうなのだ、という意見が根強くある。実態がそうだ、ではなく、そうあるべきなのだ式の論調で言うのである。

 そして、今回の電通の過労死事件の報道に対し、東芝出身の武蔵野大学グローバル学部グローバルビジネス学科の長谷川秀夫教授が、ネット上で言ってのけてくれた。さんざん出回っているが、残業ぐらい当たり前だ派の本音がとてもよく表れている文章なので、ここにも転記したい。こうだ。

〈月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない。会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない。自分で起業した人は、それこそ寝袋を会社に持ち込んで、仕事に打ち込んだ時期があるはず。更にプロ意識があれば、上司を説得してでも良い成果を出せるように人的資源を獲得すべく最大の努力をすべき。それでも駄目なら、その会社が組織として機能していないので、転職を考えるべき。また、転職できるプロであるべき長期的に自分への投資を続けるべき〉

 日本では(ほとんどの国でも?)死者に鞭を撃つ言動は非道徳とされているが、おかまいなしでべき論の連打である。亡くなった女性社員が遺した過去のツイートを見ていくと、セクハラ、パワハラ、モラハラまみれの職場だったようで、そうした環境でうつ状態になれば、プロ意識云々以前にまともな認知機能が働かなくなるという、ビジネスマネジメントの基礎知識の基礎のキの字もわかっていない。

 当然、この投稿は炎上した。そして、慌てた教授は謝罪文を投稿。私はここにこそ決定的な欠陥を見る。全文、転記する。

〈私のコメントで皆様に不快な思いをさせてしまい申しわけございません。ここで、皆様にまとめて返信させていただきます。
(1)言葉の選び方が乱暴で済みませんでした。
(2)とてもつらい長時間労働を乗り切らないと、会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断し、今の時代にその働き方が今の時代に適合かの考慮が欠けていました。
以後、自分の専門領域を中心に、言葉を慎重に選び、様々な立場、考え方の方々がいることを念頭において、誠意あるコメントを今まで以上に心がけてまいります〉

 これでまた再炎上した。「皆様に不快な思いをさせたんじゃなくて、死者を侮辱したんだろうが!」「たかが言葉の選び方の問題という認識なのか?」「しかもこの謝罪記事も削除して逃亡。ふざけるな!」と大勢が怒った。当然だ。

 この教授はグローバルだか何だか知らないが、若者にあるべきビジネスを教える仕事で食っている。なのに、ビジネス戦線のリアルが分っていない。〈とてもつらい長時間労働を乗り切らないと、会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断し、今の時代にその働き方が今の時代に適合かの考慮が欠けていました〉とあるが、「今の時代の働き方」を知らない。

 今、多くの労働者はですね、とてもつらい長時間労働を乗り切ってもそのまた先によりつらい長時間労働が待ち構えていて、そこでどんなに頑張っても会社が普通に危なくなる時代を生きているんです。あなたはアガリで大学教授になったから分らないのだろうけれど、ならばその職業適性は皆無です。

 騒ぎを受けて10月10日、教授の職場である武蔵野大学の学長が、大学の公式HPのトップ画面に、お詫びの文章を載せた。〈このたびの発言は、当該教員の個人的な見解であり、本学の教育方針とは相いれず、また、人権・倫理の尊重を旨とした本学の「ソーシャルメディア利用ガイドライン」からも逸脱した見解と判断いたします。このような発言が本学の教員によってなされたことは誠に遺憾であり、残念でなりません〉と。

 ぎりぎり連休中に掲載までこぎつけた危機管理の頑張りは認めたい。できれば、浄土真宗本願寺派の宗門関係学校として設立された歴史ある大学なのだから、「当該教授の見解は、“いきとし生けるものが幸せになるために”という根本精神を目標とする本学として到底看過できず」くらいに言ってほしかったが、大事なのはこの次だ。長谷川教授の説明責任を大学がきちんと果たさせること、このまま曖昧にしないことが大学としての今後の生き残りをも左右するだろう。

 ところが、曖昧どころか、どろどろの闇を感じさせる一件がある。この長谷川問題に対し、同大学同学部同学科のチャド・カズオ・ハナシロ講師が、ご自身の立場を明らかにして批判のツイートをしていたのだ。10月8日には、

〈私は武蔵野大学の教員で長谷川秀夫教授と同じ学科に所属しております。このような無責任な発言は決して許されるものではありません〉から始まり、
〈武蔵野大学の名に泥を塗るような発言はしないでいただきたい〉と言い切る、勇気ある連続ツイートもしていた。

 そのツイッターアカウントが、10月9日に消えたのである。ハナシロ講師のツイート内容は極めてまっとうだったのに、である。

〈残業時間100時間を超えるというのは、高橋まつりさん本人に問題があるというわけではなく電通という組織に問題があると思います〉

〈私が思うのは、高橋さんが残業時間100時間も働いていたということに関しては、彼女は責任感がとても強いということ。彼女は決して弱いにんげんではありません〉

〈長谷川秀夫教授に一言。グローバルビジネス学科の教授である以上、様々な人たちの価値観を尊重するべきですし、他者の立場から考える必要があります。それが分からないようであれば、グローバルビジネス学科の教授として学生に教える資格はないと正直思います〉

 日本の組織ではこういう内部批判が許されないということか。だったら、グローバルビジネス云々の看板はおろしたほうがいい。この件に関する事情も、大学に説明していただきたい。

関連記事(外部サイト)