過度な願望押しつけ社会 宇都宮健児、ベッキーらを敵認定

過度な願望押しつけ社会 宇都宮健児、ベッキーらを敵認定

ネットニュース編集者の中川淳一郎氏

 自分の思うように物事が運ばないと攻撃的になるのは、ひとりよがりで勝手な考え方だと誰もが承知しており、そんな言動は相手にしないはずだった。ところが、ネットでは自分の思い通りにならない相手を「敵」と認定し攻撃しても、なぜかまかり通るときがある。そして、その傾向がネットから現実にはみ出すことが最近では増えてきた。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が、自分の願望を押しつける現在の社会について解説する。

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 今の世は過度な「願望押しつけ社会」だ。人権団体・アムネスティ日本が、漫画家・ろくでなし子氏を招いて表現の自由について考える会を企画したが、彼女に批判的な人々により一旦会は中止に追い込まれた(最終的には実施)。ろくでなし子氏といえば、自身の性器の3Dデータを頒布したとして逮捕された経験を持つ人物である。

 なぜ彼女のイベント中止を求める者がいたのか。それは、人種差別反対運動に熱心な男性・A氏のツイッター上での恥ずかしい黒歴史的発言「ぱよぱよちーん」を過去に彼女が楽しそうにツイートしたからだ。

 この言葉は、A氏が使う挨拶の言葉だったのが、語感のあまりの間抜けさから一時ネットの流行語となった。それを彼女がおちょくってツイートしたことから、「立派な人種差別反対運動の闘士」であるA氏の敵だとして、「ろくでなし子はレイシスト(人種差別主義者)」という、謎の判断をされたのだ。

 だからこそ、「反差別界隈」の人々が信じる正義の人権団体・アムネスティでイベントをやることは許しがたい行為と判断された。アムネスティに対し「見損なった」「呆れた」といった趣旨の意見が寄せられ、中には当日乗り込むことを示唆する内容もあったため、恐れをなした事務局が中止を宣言したのだ。

 これはアムネスティには(自分たちが考える基準の)“立派さ”を保って欲しいという願望の押しつけである。会合の場所がサブカルの殿堂・ロフトだったならばクレームはなかっただろう。

 この「反差別界隈」は2014年の都知事選では宇都宮健児氏を積極的に応援していたが、野党共闘に深く賛同しているため、今夏は鳥越俊太郎氏の支持に回った。宇都宮氏は結局出馬を断念するが、事件は終盤戦に起きた。選挙期間中、鳥越氏の過去の女性スキャンダルが報じられたのを受け、宇都宮氏は鳥越氏の応援要請を拒否。すると、「反差別界隈」が一斉に宇都宮批判を開始したのだ。

 ヒラリー・クリントン氏に民主党候補者の座を譲ったバーニー・サンダース氏を引き合いに出し「なーにが日本のサンダースだ」といった声もあった。

 これも「宇都宮氏は鳥越氏を応援するはずだ」「サンダースがヒラリーを応援したのと同様にふるまって欲しい」という「願望」を裏切られたがため、敵認定し、叩く結果となったのだ。

 声優・平野綾は長らく清純派の声優として売っていたが、テレビ番組で交際相手がいたことを匂わす発言をして大バッシングを食らう。以後、かつてファンだったであろう者からツイッターには「死ね」や「うんこぶりぶり」「お前の人気もあと1年だよ クソビッチ10円はげ」などの罵詈雑言が寄せられ、無修正の男性器写真を送られるなど嫌がらせも受けた。

 平野は結局ツイッターをやめた。ベッキーが不倫したら社会全体で彼女を許さぬポーズを見せ、スポンサー・局にクレームを入れる。いずれも「清純派」であって欲しいとの願望を裏切られたと考えた人々が攻撃側に回った例だ。

 バカげた願望から発生した怒りだが、いずれも抗議を受けた側が屈服する結果となっており、安易に支持者など作らない方がいい時代になったともいえる。

●なかがわ・じゅんいちろう/1973年生まれ。ネットで発生する諍いや珍事件をウオッチしてレポートするのが仕事。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など

※週刊ポスト2016年10月28日号

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