新型フィット 「シアターレイアウト」にホンダの哲学を見た

新型フィット 「シアターレイアウト」にホンダの哲学を見た

シンプルさが「ホンダらしい」と高評価の新型フィット

 先ごろ閉幕した東京モーターショーで注目の的だったホンダの新型「フィット」。そのデザインはあまりにもシンプルで、ガッカリしたと話す人もいたが、ホンダファンをはじめ、業界関係者の評価はむしろ上々だ。「ホンダ復活の起爆剤に十分なり得る1台」と指摘する自動車ジャーナリストの井元康一郎氏が、新型フィットの魅力をレポートする。

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 モビリティショーへの衣替えを図ったことが話題となった今年の東京モーターショーだが、市販車や市販予定のプロトタイプの出品も結構な数にのぼった。その中で最大級に注目されたモデルといえば、ホンダブースで初披露されたBセグメントサブコンパクト「フィット」の第4世代モデルだろう。

 ホンダが次のフィットをどう作るかは、一般消費者のみならず、ライバルメーカー関係者も強い関心を寄せていた。空振り気味だった第3世代のデザイン優先を踏襲し、カッコいいクルマ作りに再チャレンジするのか、それとも生活密着型の白物家電的なクルマにするのか……。

 果たして会場でアンヴェイルされたプロトタイプのキャラクターは、モロに後者であった。第3世代がギミックだらけであったのとは対照的な、飾りっ気のないツルッとした卵型のスタイリングである。なだらかなルーフと広いウインドウエリアで構成されたワンモーションスタイルは、フランスの自動車ブランドであるシトロエンの旧型「C4ピカソ」に似たもので、見るからにルーミーな(広々とした)印象だ。

 フロントフェイスも大きく変わった。ホンダは2013年の第3世代フィット登場の際、当時のデザインディレクター、南俊叙氏が「これからはカッコいいクルマしか作らない」と、エキサイティングHデザインというデザインコンセプトを掲げた。

 その際に左右ヘッドランプとグリルをブーメラン型にまとめたアイデンティティマスク「ソリッドウイングフェイス」を制定。軽自動車「N-ONE」など一部の例外を除き、判で押したように“フィット顔”になった。

 それに対して第4世代フィットはソリッドウイングフェイスと完全決別。ごく一般的な2灯式ヘッドランプと細いスリット状のラジエータグリルで構成され、それ以外のデザイン要素はほとんど入っていない。インテリアも細部までみっちりデザイン要素を入れ込んだものではなく、これまたシンプル系だ。

 デザインアイコンという観点では特徴がなくなり、一見どこにでもありそうなスタイリングになった感のある第4世代フィット。もちろんそのデザインについては賛否両論が巻き起こったが、興味深いのは、ポジティブに受け取っている人たちの多くが、「断然ホンダらしくなった」と評していること。筆者もそのように感じた。

 フィットの動向を気にかけていたライバルメーカーの商品開発系幹部は、「予想以上に脱力路線に戻ってきた」と、アンヴェイルされた実物を見たときの感想を漏らす。

「今は肉食系デザイン全盛の時代。ともすれば、違いを出すために小手先のデザインに陥ってしまいがちという状況です。そこに、あんな“すっぴん”で勝負するようなクルマが登場すると、逆にとても新鮮に感じられます。そして、飾り気がないのに全体としてはとてもホンダらしい。ウチだってクルマ作りは頑張っていますが、その点については少し悔しい」

 なぜ、目立ったアイコンがないのにクルマづくりのプロにもユーザーにも第4世代フィットがよりホンダらしく見えるのか──。じつは余計なものをつけなかったからこそ、ホンダの考える良いファミリーカーとはどのようなものかという哲学が素直に表出しているように見受けられた。

 その哲学とは、前席、後席を問わず、みんなが気持ちよく乗れて初めてドライブを楽しめるファミリーカーになるというもの。そのため窓面積を広く取り、さらに後席のヒップポイントを前席よりかなり高く取るというパッケージングを行っている。

 このシーティングは俗にシアターレイアウトと呼ばれているもので、ホンダの専売特許というわけではないのだが、ホンダのこだわりぶりはライバルメーカーと比較しても突出している。前席と後席のヒップポイントの高さの差を計測すれば、ホンダはダントツであろう。

 たとえば5ナンバーセダンの「グレイス」など、ヘッドクリアランスを犠牲にしてでもシアターレイアウトを守っている。ミニバンの先代「オデッセイ」など、あの平べったいボディのなか前列、中列、後列と、きっちり段差をつけていた。

 第4世代フィットのプロトタイプの後席も、そのポリシーは明確に維持されていた。前席のシートバックやヘッドレストが目の前に立ちはだかって横しか見えないということはなく、後席からフロントビューを見渡せるのである。

「現行フィットもシアターレイアウトは印象的でしたが、外見上はデザインが煩雑だったため、そういうふうには見えませんでした。あるいはそう見せないようにというホンダさんの開発陣の工夫だったのかもしれません。

 ですが、今度のフィットのようにそれを隠そうとしないほうが、ホンダさんが何を大事にしているのかということがダイレクトに伝わってくると思います。クルマを白物家電にしてはならないという思いでデザインを磨いてきましたが、白物を突き詰めるとこういう魅力が出るのかと、勉強されられたような気がしました」(前出・ライバルメーカーのエンジニア)

 これまでのエキサイティングHデザインのハイテンションにすぎるデザインから一転、エレメンタルデザインへと大変貌を果たすフィット。その変わり身が吉と出るか凶と出るかは来年2月の発売を待たなければ分からないが、ホンダにとっては絶対に成功させなければならないモデルであろう。何となれば、これは八郷隆弘社長が2015年に社長に就任してから企画開発が始まった、事実上の普通車第1号モデルだからだ。

 八郷氏は前社長の伊東孝紳氏の急拡大戦略にともなう“粗製乱造”の後遺症でホンダの斜陽化が始まったという難しい状況の中で社長に就任した。社内での権力基盤が脆弱で経営をうまくコントロールできず、経営方針「2030年ビジョン」は従業員の不興を買い、経営改革も進まず、業績は下降線を辿るばかり……と、まるでいいところがなかった。

 そんなネガティブなイメージが先行する一方で、微妙な変化が表れ始めたのは商品開発。昨年の軽商用車「N-VAN」、今年の軽セダン「N-WGN」と、自然体でかつ知的なアイデアが盛り込まれたモデルが登場しつつあった。それに続く第4世代フィットの仕上げを見るに、見せかけではなく本質で勝負というクルマ作りが“八郷カラー”によるものであることは、どうやら間違いなさそうだ。

 企業経営の良し悪しは、経営者の判断の正しさだけには依らない。うまく行っているときにはミスがミスにならないくらいうまくいき、流れが悪いと何をやっても裏目に出るものだ。現状のホンダは流れが悪く、経営陣も従業員も保身に走ってしまっている。

 先に述べたN-WGNとフィットは日立製作所が買収したオランダの部品メーカー、CBIの電子ブレーキ部品が問題を起こし、N-WGNは生産停止、フィットは発売が今年10月から来年2月に繰り延べるという事態に見舞われている。

 伊東前社長時代の第3世代フィットは、検証不完全なことが半ば分かっていながら発売を強行し、結果、ハイブリッドシステムについて5回も連続リコールを出した。それに比べれば事前に手を打ち、顧客に迷惑をかけなかった分ずっとマシだ。

 が、「設計、生産、部品調達を担当する購買が互いに責任を回避するような空気があった」(ホンダ関係者)のが仇となったか、問題解決のスピードはお世辞にも速いとは言えなかった。各部署の権限の壁を取り払うという改革ができていないことの証左であり、八郷氏の求心力の弱さが露呈した格好である。

 八郷カラーの第4世代フィットが仕切り直しで発売され、それがホンダの変化を体現する新世代商品として市場から好意的に受け止められれば、そんな悪い流れを変える原動力になる可能性はある。モノが受ける、モノが売れるという結果が劇的に出れば、経営者の求心力は自動的に高まるからだ。

 第4世代フィットにはその材料となるだけのポテンシャルが十分にある。懸念材料はホンダの国内営業が商品力任せ、売れなければ値引き頼みという傾向があること。値引きに頼ることなくしっかり売っていくアイデアが求められるところである。

 折しも来年2月はトヨタ自動車が同じBセグメントの「ヤリス」を発売する。ヤリスはフィットとは真逆の、欧州市場向けのドライバーズカー的なキャラクターに仕立ててきているため、直接競合はそれほどないだろうが、走りと生活密着という価値観の対決という点ではむしろ競争が激化することだろう。そこでホンダがユーザーに存在感を示せるかどうか、楽しみなところだ。

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