目黒虐待死、母・優里被告が告白【中編】見過ごされた精神的DV

目黒虐待死、母・優里被告が告白【中編】見過ごされた精神的DV

「助けて」と言えなかったと語る結愛ちゃんの母・優里被告(共同通信社)

◆「助けて」たった一言が言えなかった

 事件を検証していく上で、誰しも思うのは、2度も一時保護されていたのに、なぜ行政や警察は、結愛ちゃんを救えなかったのか、だろう。その疑問は、転居まで児相や医療センターにかかわっていた優里にも向けられている。優里はこう書く。

《何度も何度も出したSOS。助けてと素直にそのたった一言が言えなかった。私が悪いのかもしれない》

 なぜ、最後の一言「助けて」が言えなかったのか。結論からいえば、優里がDVにより、夫の支配下にあったからだ。ただし、優里本人も当時は気づいていなかった。

 優里は公判前、2人の専門家から治療を受けて、少しずつDVについて学んでいった。当初、治療を担当したNPO法人女性ネットSaya-Sayaの代表理事・松本和子は言う。

「私が雄大を批判的に言うと、私の方が悪いんです。そんなふうにさせたのは私なんですと返ってきた。雄大と自分との間に境界線が引けていないと感じました」

 続いて精神科医の白川美也子が担当し、優里が、DVに起因するPTSDと解離性障害を発症していると診断した。

 優里が雄大との生活を振り返る。

「つきあい始めた時にけんかをして、けんかが長いなと思う時はありました。後半はほとんどが私への説教。口答えすると、おれを納得させるだけの説明をしろ、と余計に長くなる。でも、教えてもらっている関係だと思っていたから。たんに私がバカなだけだと思っていたんですよ。結婚当初によく、結愛の将来について熱弁を振るっていた。とにかく結愛を幸せにする。おれのようになってほしくない、と。説教が長いのをがまんすれば結愛を幸せにしてくれるのかなと思っていました」

 DVは殴る蹴るの暴力だけではない。支配とコントロールがその本質だ。優里自身が受けていた身体的な圧力は鼻をつまむ、顎を揺する、耳を掴む、頭を押さえるといったものだ。軽微ではないが、犯罪行為とまでは言えない。

 一方、雄大が押し付けた価値観は凄まじいものだった。優里はことあるごとにバカと言われ、太った女性は醜いと言われ(優里は雄大の前では食事ができなくなる)、子どものしつけができないと2時間も3時間も説教をされた。

◆見過ごされてしまった精神的DV

 抑圧によって閉ざされた夫婦関係に、行政はどこまで対応が可能だったのか。実は、最初の一時保護の時点で、優里に対するDVが発見される可能性はあった。

 この日、結愛ちゃんは、雄大によりパジャマ姿で家の外に出された。アザやコブがあり、唇が切れていた。通報により、警察官が駆けつける。この時、結愛ちゃんは、「ママも叩かれている」と言った。

 一方優里も、結愛ちゃんが一時保護所に連れて行かれることを知り、自分も連れていってほしいと頼んだ。暗がりの警察車両の中で女性警察官は優里の顔だけを見たという。そして、アザや傷がなければ、DVではないと説明した。つまり優里に関しては「被害なし」と判断された。

 警察と連携した児童相談所の担当者も、女性相談の担当者に話をつなげたものの、ここでも優里にアザのあるなしが、DVの有無の判断の根拠となった。つまり、行政側には精神的DVに関する適切な知識がなかったのだ。

 私は拘置所で、この時児相からどんな指導があったのかを聞いてみた。優里によれば、「夫婦揃って面接を受け、紙を渡された。それはチェックシートのついた、振り返り用紙の形式になっていた」と言う。どういう家庭にしていきたいか。どこがダメだったから保護されたのか、といった項目が並び、父と母の長所や短所を書く欄があった。優里は、この時は虐待を隠すつもりはなかった。

「用紙を何枚か書いて提出しましたけれど、その一つひとつのことで、さらに質問が入ったり、指導が入ったりすることはありませんでした」

 この時点で、優里のSOSに積極的に対応できていれば、と悔やまれる。優里から届いた私への手紙には、1度目の保護のことをこう書いている。

《児相と警察の連携がとれていなくて、警察にこれからのことを聞いても「分からない」と(略)。警察も児童相談所も、検察も、親が何を改善したら、(結愛ちゃんが)帰ってこられるのか、いつ帰ってこられるのか、答えてくれなかった》

 優里は解決の道筋をくれない児相に不満を募らせていった。手紙にはこうある。

《子供の命を守るのが児相の仕事。だから仕事はもちろん精一杯してくださっていたのだと思います。でも「子供を保護して2か月たったから」そろそろ家に帰す準備をしましょうとか、そういう意味のない形だけのものでは何も変わらないどころか状況が悪化するだけだと思いました。2、3か月親と子を引き離しただけでは子供の安全は確保できないと、今になって思います》

 2度目の一時保護の後は、保護施設の職員に「もう4か月保護していますが、一般的には2か月くらいなんです」という言葉をかけられた。

「児相からも、『一般的には』『普通の家庭は』とほかと比べられてマニュアル通りに進められている気がしました。相談しても『そうですか』と言われるだけで、解決策をくれずに、いっそう迷うばかりで…」

 さらに仕事をしている雄大に対してより、専業主婦の優里への面接が多かったことも、児相へのストレスにつながっていった。

「毎晩、彼の帰宅は9時、10時でした。土曜日は仕事です。日曜日はお休みですが、出勤することもありました」

 児相が雄大に何かを伝える時は、優里を通じて伝え、「板挟みになった」という。

 加害親である雄大への直接の指導がなかったことに驚かされる。
(後編につづく)

◆取材・文/杉山 春●雑誌編集者を経て、フリーのルポライターに。『ネグレクト』(小学館)で第11回小学館ノンフィクション大賞受賞。子育て、親子問題、虐待死事件、自死、引きこもりなどをテーマに、数々のルポを執筆している。

※女性セブン2019年12月5・12日号

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