さらば原発 庶民が電気を使えなくなる未来がやってくる

さらば原発 庶民が電気を使えなくなる未来がやってくる

電気が高嶺の花に?(イラスト/井川泰年)

 福井県の高浜原発をめぐり、関西電力の経営幹部らが高浜町元助役から金品を受け取っていた問題を調査していた県の調査委員会が11月21日、調査結果を公表した。現金だけでなく、高額な商品券や、なかには10万円相当の小判を贈られた人もいて、総額3億円を超えると言われる金品の受け取りが確認された。経営コンサルタントの大前研一氏が、日本の電力業界の今と、未来の電気について考察する。

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 関西電力の幹部らが高浜原子力発電所がある福井県高浜町の森山栄治元助役(故人)から多額の金品を受領していた問題は、今も第三者委員会の調査が続いている(本稿執筆時点)。八木誠会長や岩根茂樹社長をはじめとする6人が引責辞任に追い込まれはしたが、根本的な問題は何も解決していない。

 この問題は、日立製作所の原子炉設計者として一時期この業界に身を置いた私に言わせれば「さもありなん」である。後述するように、それらの不正は起きるべくして起きたのだと思う。

 私は、2011年に起きた東日本大震災(3.11)の大津波による東京電力福島第一原発事故直後に事故原因を独自に調査・分析・検証し、二度と同様の惨事が起きないようにするための方策を『原発再稼働 最後の条件』(小学館)という本にまとめた。歴史を振り返れば、あらゆる技術は事故から学んでより安全になる。その意味では、福島第一原発事故の悲劇も原発をより安全にする大きなチャンスだと考えたからである。

 同書の中では、原発の安全対策とともに万一、重大事故が起きた時のアクシデント・マネジメント(事故対応)についても俎上にあげ、電力会社、政府、地元自治体が最新情報をリアルタイム・双方向で共有し、連絡・協議を密にして迅速な意思決定ができる仕組みの構築を提案した。さらに、それを自民党の原発対策の責任者になった国会議員にもレクチャーし、実行するよう求めてきた。

 ところが、彼らは「いざとなったら」という話ができない。たとえば「原発事故が起きた場合を想定して避難訓練などの予行演習をしなければならない」と提案したら、「そんなことを言ったら、お前は事故が起きると思っているのか、と地元の住民に突き上げられるから無理です」と拒否された。これはいわゆる「言霊」(言葉には霊的な力があり、発した言葉通りの結果が現われるとされる)の世界であり、その壁の前で自民党の国会議員は思考停止状態に陥っているのだ。

 独占企業体の電力会社は「言霊」で真実を語らず、立地先の政治家や役人と刎頸(ふんけい)の仲になり、地元対策費で立派な施設や道路を建設し、原発メーカーとそのおこぼれに与る地元の土建業者や御用学者なども含めた産・官・学の「原子力ムラ」を形成している。その醜い“複合汚染”の構図を露呈したのが今回の関西電力の問題であり、そこには原子力に対する夢も情熱も矜持もない。巨額の「原発マネー」を卑しく漁っているだけである。

 かつての日本の原子力関係者には夢や情熱や矜持があった。原子力は、資源がないこの国にとって大きな希望の灯だった。だから私は原子炉設計者になった。しかし、ほどなく原発は“鬼っ子”扱いされ、立地先の住民説明会に行くと石もて追われるようになった。それを抑えるため、原発メーカーは地元にカネをバラ撒くようになった。後ろめたさをカネで解決することにしたのである。そんな産業に未来はないと私は判断し、原子力に見切りをつけて日立製作所を辞めた。当時28歳、48年前のことである。

 日本の原発がそういう惨めな状況になったのは、根本的に国が悪いのだ。本来、原発建設・稼働については国が全面的に責任を負い、住民の疑問や懸念を払拭していくべきなのである。

 たとえば、福島第一原発事故後は9電力会社がバラバラに原発を運用するのではなく合体し、原発メーカーも含めて1社にまとめて輸出も行なっていくという体制に転換する。その上で国が責任を持ち、第三者委員会がチェックする。そうした体制を整えることで安全性を担保して「禍転じて福となす」べきだった。

 しかし、そのチャンスを日本は失してしまった。そもそも現在のような“総無責任体制”では、原発再稼働は無理である。さらに関西電力の幹部が賄賂漬けになっていた醜態が明るみに出たことで、もはや原発は“再起不能”になったと思う。

 関西電力の問題は、おそらく全電力会社の問題だろうし、まだ明らかになっていない政治家や役人の関与も疑われるので、あとは原発がなくなっても大丈夫なように、国を挙げて「3割節電」に取り組むしかない。

 そのために電気代がいっそう値上がりする可能性もある。電気代は税金のようなものだから、つまりは貧しい人ほど電気を使えなくなって苦しむことになるかもしれない。だが、これから日本はそういう国にならざるを得ないのだ。

※週刊ポスト2019年12月6日号

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