原宿アパレル店横領 「被害額数千万円で司法取引」の意味

原宿アパレル店横領 「被害額数千万円で司法取引」の意味

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 犯罪の捜査対象となる者が、捜査や公判に協力することと引き換えに処分を軽くしてもらう司法取引という制度がある。日本では2016年から導入されたものの、殺人や性犯罪は取引の対象となっていないこともあり、今のところ、大企業の巨額の損失が絡む事件しか適用例がない。その第3例目となる事件が明るみに出たが、過去の事例に比べて規模が小さいことに驚きを禁じ得ない。ライターの宮原優氏が、カジュアルファッションと司法取引という一見、アンバランスな組み合わせの横領事件についてレポートする。

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 11月26日午前、新聞、テレビ記者たちの間に激震が走った。

 間も無く特捜部がガサをかける。“司法取引”があったらしい──。

 司法取引とは昨年6月に導入された制度で、被告人に相当する人物が捜査や公判を進める上で当局に情報提供をする代わりに、自身の起訴などを見送ってもらうなどの減刑措置が得られるというもの。「三菱日立パワーシステムズ」の贈賄事件や、日産のカルロス・ゴーン被告による金融商品取引法違反事件でも司法取引があったと報じられており、今回で3例目。いずれも大事件だっただけに、今回はどんな大事件なのかと、記者たちは色めき立ったのだが…。

「蓋を開けてみると、若者に人気のアパレル店経営陣による横領事件で、正直なところ“なんだ”という感じ。テレビ各社は、昼のストレートニュースで速報扱いで出しましたが、これ以上追いかける必要のある事件かと言えば、微妙です」(大手紙記者)

 東京地検特捜部が家宅捜査を行ったのは、東京都渋谷区にあるアパレル洋品店「GLADHAND」。いわゆる"アメリカンカジュアル"と言われるジャンルのアイテムだけを扱う専門店で、ファッション雑誌で幾度も取り上げられるような人気店である。芸人のケンドーコバヤシ氏が足しげく通う「お得意様」であることも知られており、初売りなどのセール時には店舗前に数百人もの客が列をなす。同店のファンが残念そうにうなだれる。

「店には、雑誌にもよく出ているおしゃれでかっこいいスタッフさんがたくさんいて、皆フレンドリーでした。売ってあるアイテムも“本物”って感じで、他の店では絶対に買えないような男臭さ溢れるものばかり。“社長”と呼ばれるXさんも店にいて、雰囲気がやばかった。古いアメ車やハーレーダヴィッドソンに乗っていて無骨な感じで、とにかくかっこ良かった」

 報道によれば、同店の運営会社社長と社員2名に「業務上横領」の疑いが持たれている。では社長は誰かと見てみると、法人登記簿には代表取締役が二人。26日午後には、そのうちの一人の名義で同社のホームページに謝罪文が掲載された。二人の代表のうち一人に嫌疑がかかっているといるということらしい。同じく渋谷区内でアメリカンアパレル店を経営する男性が言う。

「あの店は、雑誌にもよく出るXさん以外に、もう一人の代表・A氏がいました。A氏はアメカジファッションというよりは、レディースファッションも手がける感じで、現場は全てX氏が取り仕切っていたようです。X氏は側近を連れ海外に旅行を兼ねた買い付けに行ったり、趣味の車やバイクにも惜しげなく金を使っていました。そんな彼のライフスタイルに憧れて、店にやってくる若者も多かった。業界内では、X氏とその側近のあまりの散財と豪遊ぶりに、A氏が呆れて司法取引に走ったのでは…、と噂になっています」

 取材した記者らによれば、横領額は数千万円規模になると見られているというから驚きだ。同店は原宿の奥にある小さな店舗に過ぎず、本当に多額の横領をできるのか疑問を抱いてしまうが……。

「店舗販売以外にも、全国各地のセレクトショップに商品を卸していましたから、月々の売り上げは相当だったはず。世界的な有名ブランドとのコラボ商品も多く販売されていて、数十万円するアイテムもあったのです。業界内でも社長のX氏たちの派手さは評判でした」

 こう語るのは、現役のファッション誌スタイリスト。こうした事例は、何もX氏に限ったことではないともいう。

「中小アパレル店が人気店になって、創業者や社長が有頂天になり、店の売り上げを独り占めしたりすることはよくあります。人気店になるためには雑誌やテレビなどへの露出が欠かせませんから、僕らスタイリストや業界関係者に酒や食事を奢ったりすることも日常的にあり、そうすることで売れるんだから、接待にはさらに金が必要になるでしょう。アパレル業界は販売員などの給与が安いことで有名ですが、売れている店ほど代表が外や、自身の趣味にばかり金を使う。それでも税務関係はしっかりやっているところが大半ですが、今回はあまりに杜撰だったのでしょうね」

 確かに羽振りが良かったとはいえ、司法取引が適用されるほどの事件なのだろうか。不正競争防止法違反に問われた日立パワーシステムズの事件は、外国公務員への約3900万円の賄賂という国際政治問題にも関わる事件だ。カルロス・ゴーン被告の金融商品取引法違反事件は、数十億円にものぼる巨額の取引が関係している。どちらも社会的な意義を伴った事例だったが、第3例目は被害額が数千万円の単位で、知る人ぞ知るアパレル店でしかない。

 前出の大手紙記者は、比較的社会的影響や注目の少ない事案であっても、今後は司法取引を発端にした捕り物劇が増えて行くのではないかと話す。

「今回は数千万円という横領額ですが、もっと少額の横領、背任事案であっても、司法取引によって当局が動くことは十分に考えられます。一般に司法取引といえば、社会に大きな影響を与える事件に適応されると考えがちですが、市民の身近なところで起きている事件にも適応はされます。そのために導入された制度なんですから」

 横領や不正取引などの場合、会社などの組織の場合は不本意ながら実行役に「させられてしまった」人も少なくないだろう。そういった立場の人からみたら、正しく法律を守るための証言をする代わりに、法律上の潔白を保証してほしいと願うのも当然だろう。

 近年、巨大組織が関わる詐欺事件や、何人もの反社会勢力に属する人間たちが引き起こすような事件など、解決困難な事案が数多くある。そうした"捜査の壁"を打破すべく導入された制度ではあるが、私たちのすぐそばで"司法取引"の威力を目の当たりにすることだってあるかもしれない。「お天道様は見ている」というが、正直者が馬鹿を見ない社会が作られるのなら歓迎すべき制度だろう。

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