「あの相鉄が都心乗り入れとは…」 沿線住民らが抱く感慨

相模鉄道(相鉄)が悲願の都心乗り入れ 2022年には東急線とも直通運転が開始予定

記事まとめ

  • 相模鉄道(相鉄)は11月30日、悲願の都心乗り入れを開始した
  • 相鉄は首都圏の大手私鉄で唯一、都内に乗り入れず神奈川県内の住宅地を走ってきた鉄道
  • 2022年には新駅の羽沢横浜国大から分岐して東急線とも直通運転が開始される予定

「あの相鉄が都心乗り入れとは…」 沿線住民らが抱く感慨

「あの相鉄が都心乗り入れとは…」 沿線住民らが抱く感慨

相鉄・JR直通線で使用される12000系。直通線の一部は埼京線・川越線にも乗り入れる(時事通信フォト)

 あの相鉄が多摩川を渡るなんて──11月30日、相模鉄道(相鉄)は悲願の都心乗り入れを開始した。20年ほど前に相鉄沿線の「西谷(にしや)」近郊で暮らしていた筆者には驚愕の大ニュースだ。

 相鉄は首都圏の大手私鉄で唯一、都内に乗り入れず神奈川県内の住宅地を走ってきた。これまで相鉄から横浜経由で都心に向かうには、横浜でいったん下車後に混雑する駅構内を縦断してJRや東急東横線に乗り換える必要があったが、これからは途中下車することなく新宿や渋谷といった都心に向かえる。しかも直通電車には、車体を「ヨコハマネイビーブルー」で統一したオシャレな新型車両が投入される。

 これぞ隔世の感である。そもそも相鉄は沿線住民以外の知名度が圧倒的に低く、筆者が都内に引っ越してからその名を口にすると、周囲は「相鉄? 何それ? 知らなーい」という塩対応ばかりだった。今年8月8日付の神奈川新聞のインタビューで相鉄ホールディングスの滝沢秀之社長が「今なお『相撲』鉄道と呼ばれることもあり、認知度は低いと感じている」と自ら語ったほどだ。

 沿線住民にとっては、「やたらと各停の駅が多いローカル電車」でもあった。横浜から最初の特急・急行停車駅である二俣川まで、8つもの駅を挟むのだ。神奈川県茅ケ崎市出身で社会人になってから相鉄沿線の「天王町」(横浜から3つめ)近くに引っ越した40代Sさんが振り返る。

「学生時代は二俣川にある運転免許試験場に行く時しか相鉄を利用しませんでした。横浜から各停に乗るとすぐ『平沼橋』に到着して、その次に『西横浜』とまた“横浜”という駅名が出てくると先に進んでいる感じがしなくて、“この駅は本当に必要なのか”と思いました。『星川』のあとに『和田町』を挟んで『上星川』が来るのも、もどかしかった。

 逆に各停しか停まらない天王町に住むようになってからは、間違えて横浜から急行に乗ってしまった時の絶望感がハンパなかった。二俣川から戻ってくるのに5つも駅に停まる必要があって、すごく時間がかかったんです」(Sさん)

 筆者も各停と快速のみが停車する星川にあった家系ラーメンの名店「千家」を訪れようとして横浜から急行に乗ってしまい、二俣川からの折り返しで快速に乗ったつもりが今度は横浜行きの急行で、泣く泣く星川を通過して横浜に戻るというコントのような経験をしたことがある。横浜から間違えて特急や急行に乗り、二俣川でUターンする“二俣川大返し”を体験した乗客は多いのではなかろうか。

 筆者が住んでいた西谷が、従来通りの横浜方面と新設される新宿方面の分岐駅となることも感慨深い。20年前の西谷は各停しか停まらない小さな駅で、駅ビルやロータリーはもちろん、周辺に目立った建築物やスポットは皆無だった。

 西谷のホームは東海道新幹線の高架橋と交差しており、ホーム上に新幹線の橋脚がある。東海道新幹線に乗車して小田原方面から新横浜に向かう途中、進行方向の右手にふと視界が開けて、西谷住民の生活の拠点であるスーパー「マルエツ」がチラリと見える。そのわずかな瞬間を見逃すまいと集中するのが、西谷住民としてのささやかな楽しみだった。
 
 そんな西谷が特急や快速が停車する都心へのゲートウェイとして脚光を浴び、ハイカラな新型車両が行き来するなんて、四国アイランドリーグplusの野球選手が海を渡ってメジャーリーガーになるようなもの。20年前の自分に「西谷から相鉄の超カッコいい電車に乗って直接、新宿に行けるようになるんだよ」と伝えても、その言葉の意味すらわからなかったはずだ。

 ただし20年前は相鉄だけがローカルではなかった。西谷から新宿に向かうには横浜でJR東海道線か横須賀線に乗り換えた後、品川でさらに山手線に乗り換えるか、横浜で東急東横線に乗り換え、渋谷から山手線に乗る必要があった。横浜から京浜急行で品川に向かう手もあったが、相鉄のホームから遠いうえ雰囲気がガラリと変わるのであまり乗らなかった。

 2000年代にはいるとJR湘南新宿ラインが開通して、横浜から直接新宿に行けるようになったのは画期的だった。東急東横線もみなとみらい線や東京メトロ副都心線などと次々に相互直通運転を開始し、他の鉄道会社もひたすら拡張を続けた。

 鉄道の路線とともに街も人も変わってゆく。例えば20年前の品川駅港南口は閑散としていたが、いまは煌びやかなオフィス街となった。同様に東急東横線とJR南武線のみが停車する駅だった武蔵小杉にはセレブなタワマンが立ち並び、周辺は家族連れで賑わう。

 各線が毛細血管のようにつながっていく中、残された数少ないピースだった相鉄がとうとう都心に乗り入れる。平成から令和になった時よりも、「時代は変わったな」と胸を熱くする古今の沿線住民は少なくないはずだ。

 2022年に相鉄はJR直通線新駅の羽沢横浜国大から分岐して、東急線とも直通運転が開始される予定だ。東急目黒線を経由して都営三田線や東京メトロ南北線への直通運転も計画されており、“あの相鉄”はさらなる飛躍の時を迎える。

●取材・文/池田道大(フリーライター)

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