愛子さま「学習院内部進学に一本化」情報、小室さんも影響か

愛子さま「学習院内部進学に一本化」情報、小室さんも影響か

愛子さまは現在、学習院女子高等科に通っている(写真/共同通信社)

 12月1日、愛子内親王が18歳の誕生日を迎えた。来年3月に学習院女子高等科を卒業し、4月からの進学先に注目が集まる中、皇室担当記者の間では「すでに大学を決められたようだ」との情報が飛び交っている。

 進学先としてはこれまで数々の有名大学が挙がってきた。

「愛子さまは学習院女子高等科で文系クラスに所属され、トップクラスの成績を残されています。周囲からは『東京大学を狙える』と期待する声もあった。他にも一橋大、筑波大といった難関国立大や、上智大などの有名私立大の名前も取り沙汰されてきた」(皇室ジャーナリスト)

 そうした中で、皇室担当記者の間では「学習院大学への内部進学に一本化されたようだ」とみられているという。皇室担当記者が明かす。

「もし他の大学に進学されるのであれば、学内で開かれる外部受験希望者の説明会に参加する。しかし、愛子さまは出席されていないため、内部進学が濃厚とみられているのです。

 ご決断の背景には、警備態勢の問題がありそうです。今年4月、秋篠宮家の長男・悠仁さまが進学されたお茶の水女子附属中で、悠仁さまの机の上に刃物が2本置かれる事件が起きた。これまで多くの皇族が通ってきた学習院は警備が充実しており、同様の事態になることは考えにくい。とくに新天皇が即位され、愛子さまが“天皇のご息女”となられた5月以降は、警備の人員を増やしているようです。愛子さまが初等科に入学された当初も、教室のドアに鍵が新設されるなど、万全の“愛子さまシフト”が敷かれた」

◆明治天皇の勅諭で開校

 学習院の万全の“受け入れ態勢”の背景には、「皇族が伝統的に通ってきた歴史」がある。皇室ジャーナリストの神田秀一氏が語る。

「学習院は1847年(弘化4年)、公家の教育機関として『学習所』の名で京都に開校しました。明治時代に華族・公家が東京に居住を移すと、1877年(明治10年)に明治天皇、昭憲皇太后のご臨席のもと、東京・神田錦町で開業式が行なわれました。

 その後、1926年(大正15年)に『皇族就学令』が公布され、皇族の子女が入学するよう定められた時期もありましたが、戦後に廃止されて財団法人に移行し、現在まで多くの皇族が通われています」

 1964年(昭和39年)には、現在の天皇が幼稚園入園の時期を迎えたのに合わせ、新たに学習院幼稚園が開設された。それほどに皇室との結びつきは深い。

 一方、学習院以外に進学した皇族は少ない。高円宮家の長女・承子女王(33)は学習院女子高等科から英エジンバラ大留学を経て、皇族で初めて早稲田大に進学した。皇籍を離脱し、11月に第一子を出産した同家三女・守谷絢子さん(29)は城西国際大を卒業している。

“非学習院”の姿勢が顕著なのが秋篠宮家だ。長女・眞子内親王(28)は国際基督教大(ICU)に進学。次女・佳子内親王(24)も学習院大を中退してICUに再入学した。そして悠仁親王は幼稚園から現在までお茶の水女子大附属に通っている。

 愛子内親王の進学先選びには「秋篠宮家の方針が大きく影響した」とみている関係者は少なくない。

「眞子さまはICUで婚約内定者の小室圭さん(28)と出会った。多くの学生が行き交うキャンパスでは宮内庁や皇宮警察も小室さんの身辺を細かく把握できず、それが現在の結婚延期トラブルに繋がってしまったという見方もあります。

 愛子さまも進学先で将来の結婚相手と出会う可能性がある。天皇・皇后両陛下や宮内庁関係者にとっては、ご学友の顔がわかる学習院のほうが安心という判断だったのではないか」(前出・皇室担当記者)

 進学先について宮内庁に問い合わせたところ「現時点でお答えすることはありません」(総務課報道室)と回答した。愛子内親王の進学先は、年明けから2月頃に正式に発表される見込みだ。

※週刊ポスト2019年12月13日号

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