「空飛ぶクルマ」で自由移動できる時代は本当にやってくるか

「空飛ぶクルマ」で自由移動できる時代は本当にやってくるか

NECが試作した「空飛ぶクルマ」(時事通信フォト)

 自動運転やEV(電動化)など、100年に1度といわれる自動車業界の技術革新は目を見張るものがあるが、いま事業化へ向けて新たに開発が進められているのが、“空飛ぶクルマ”だ。果たして「空陸両用」のクルマで自由に移動できる時代はやってくるのだろうか。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏がレポートする。

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 もしもクルマが空を飛べたなら、どんなにいいことだろう──クルマを運転している人なら誰もが思うことだろう。普段は道を走っていても、渋滞しているときはそれをパスしてひとっ飛び。道のないところを移動することもできるし、景色のキレイなところでは空中遊覧飛行。道路という二次元移動からの解放は、まさにモビリティを一変させるだけのポテンシャルを秘める一大革命だ。

 その革命を起こしてやろうと、既存の自動車メーカーからベンチャー企業まで、多くの野心的なプレーヤーが現在、開発競争を繰り広げている。

 名乗りを上げているメーカーの一社、トヨタ自動車が1月15日、新たにアメリカの垂直離着機ベンチャー、ジョビー・アビエーション社と提携すると発表した。出資額はじつに4億ドル弱で、豊田章男社長の“盟友”、友山茂樹副社長がジョビー社の取締役に加わるというのだ。

 トヨタは今年の東京オリンピックで空飛ぶクルマでのデモを行うと宣言。トヨタからスピンオフした日本の空飛ぶクルマ開発集団、カーティベーターに資金協力している。

 言った以上、これは何としてもやり遂げることであろう。一人乗りのマルチコプター(4ローター以上の多回転翼機)であれ何であれ、車輪がついていさえすれば「クルマ」と言い張ることはできよう。

 難しいのはその先である。余興ではなく商品として空飛ぶクルマを作る以上、ちょっと飛べましたという程度では到底すまない。品質、安全性、実用性、騒音やCO2排出量などの環境性能などが、クルマとは比較にならないレベルで求められるのだ。ジョビー社への約4億ドルもの出資は、その“新たなる段階”を見据えたものと言える。

 果たしてクルマが空を飛べるという夢のような時代は本当にやってくるのだろうか。

「クルマが空を飛ぶというのは、滑走路が不要な垂直離着が前提になると思いますが、ヘリコプタータイプのクルマを作ることは原理的には十分可能だと思います」

 かつて富士重工業(現・スバル)でヘリコプターの回転翼や風力発電機に関わっていたエンジニアの一人はこう語り、技術的な解説を加えた。

「空を飛ぶのがメインでないのなら、上昇率(1秒間に何メートル上昇できるかを表す数値)はそれほど高い数値を求められないでしょうから、パワーウェイトレシオ(重量に対するエンジンないしモーターの出力の比)が出力1kWあたり5kgもあれば十分いけると思います。総重量2トンの場合、400kW(約540馬力)くらいですかね」

 このパワーウェイトレシオの数値は、イメージとしては米テスラモーターズの高級車「モデルS」に近い。スペックだけを見れば、決して非現実的なものではないのだ。

 しかし、と、そのエンジニアは続ける。

「クルマとマルチコプターをわざわざ統合させる意義が私にはわかりません。なぜなら、地上を走るクルマと空を飛ぶヘリコプターでは求められるものがまったく違うからです」

 最も異なるのは空力特性だ。空気抵抗は小さければ小さいほどいいというのはどんな乗り物にも共通のことだが、その特性は乗り物によって異なる。

 クルマの場合は車体を安定させるため、速度が上がれば上がるほど空気の流れによって下向きに押し付けられるような力が強まるようデザインされるのが常だが、空を飛ぶものの場合、下向きの力の発生要因は一番の害悪になる。

 正面から見たときのシルエットもしかり。飛行機の多くは断面の四隅を削り、円に近い形になっている。もちろん前面投影面積を減らすためだ。

 クルマを正面から見ると円とはほど遠い形だが、これにはこれで理由がある。地上を走るときには左右のタイヤの距離をできるだけ長く取ったほうが安定する。そのタイヤをボディで包んで空気抵抗を減らした形が今の乗用車の最適解だからそうなっているのだ。

 異分野を融合させたものは、すでに歴史上にはいくつもある。その代表例は飛行機と船を合わせた「飛行艇」であろう。滑走路が不要で、波が高くなければ幅広く着水が可能。コンセプトだけを見れば、こんな便利な飛行機はないのだが、現実は軍用機や救難機、観光フライトなど、ごく限られた用途で使われているのみ。理由は、船に求められるものを飛行機に加えると、飛行特性が著しく悪化し、燃費も悪くなるからだ。

 同様に、ヘリコプターも決して輸送、戦闘の主役ではない。空中で静止するホバリングを安定させる機体形状にする必要があるのだが、その形が前進するときは決して理想の形状ではなく、やはり空気抵抗の面では不利。結果、燃費が悪くなるからだ。

 それでもヘリコプターは、空を飛ぶことに特化しているという点でまだいい。地上を走るクルマとヘリコプターを融合させた場合、地上走行と空中飛行の両立による技術上の矛盾は格段に大きいものになるだろう。

「何も、空飛ぶクルマの将来性を全否定するつもりはありません。交通が二次元から三次元になれば、それはすごいことですから。しかし、マルチコプターであれ何であれ、垂直離着時のダウンウォッシュ(下方向への気流)はすさまじいものですから、どこでも離着陸できるというわけではありません。

 結局ヘリポートのような場所が山のように必要になることを考えると、飛行、地上走行の両方の性能を犠牲にしてまでクルマとヘリコプターを融合させる意義は今のところ感じられませんね」(前出のエンジニア)

 仮に「エアタクシー」として現実的な料金でサービスを提供するにしても、コスト面が大きな難問になるだろう。

 マルチコプター方式を取る場合、ローターが1個でも止まるとバランスを保つ手段がなくなって即墜落するクアッド(4ローター)は、旅客用にせよ貨物用にせよ話にならない。最低でもヘキサ(6ローター)コプターであることはマストだ。それだけのローター、モーター、インバーターなどを装備するだけでも相当高価にならざるを得ない。ここも技術革新が求められる。

 もう一点、空をクルマが飛び回るようになると無視できないのが航空管制の問題である。空は一見広いように見えるが、管制を一歩ミスると空中衝突事故が起こりかねないシビアな世界。そこをパーソナルモビリティが飛び回るというのだから、大変なことだ。

 また、乗員一人一人が固定翼より取得の難しい回転翼の免許を取るのは非現実的で、離着陸も含めた完全自動操縦が原則となるであろう。膨大に増えた交通需要を航空管制官がさばくのは到底無理になるであろうから、管制側もAIを使った完全自動システムを開発する必要がある。

 こうした数々のバリアを技術革新で乗り越え、ヘリコプターとクルマを一体化させるメリットが優越する時代が来るのはいつのことだろうか──。

 もっとも世知辛い前提を排除すれば、空を手軽に飛べることはやはり夢いっぱいであるし、高価であってもそういう商品を持つことは、技術イメージの面でも富裕層へのブランド訴求性の点でもプラスに働くことは確実だ。案外、そのへんがトヨタの一番の狙いなのかもしれない。

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