80年代の本気ペアルック デート前に綿密な服装打ち合わせ

80年代の本気ペアルック デート前に綿密な服装打ち合わせ

本気ペアルックに賛否の声

「ぼくはペアルックを着たことがない。発想にない」(ブラックマヨネーズ吉田敬・43才)
「いつも一緒はちょっとやっぱりいいかな…」(熊切あさ美・36才)

 情報番組『バイキング』(フジテレビ系)のスタジオがビミョーな空気に包まれたのは、神田沙也加(30才)&村田充(39才)の新婚カップルのペアルック。5月13日に行われた結婚披露パーティーの退場時に、白×青のボーダー長Tの私服で登場。

 同日付の村田のブログでハワイ挙式が報告されたが、またしてもツーショット写真はペアルック。胸元には大きく「JUST MARRIED」と書かれていた。これを見た“先輩妻”からはこんな声が聞こえてきた。

「あんなことできるのは今だけよ!」
「今が絶頂というのが伝わってきてイタイタしい…」

 幸せ絶頂の新婚カップルなら、そう珍しいことでもなく、「ごちそうさま」で済む光景なのに、結果的に彼らはこうも批判されてしまった。

◆1970~1980年代の大真面目なペアはバブルとともに「ダサい」と弾けた

 ペアルックの概念が登場したのは1970年代。1980年代には社会的ムーブメントに発展した。その牽引役は雑誌が担ったと指摘するのは共立女子短期大学教授の渡辺明日香さん。

「1976年創刊の男性ファッション誌『POPEYE』の女性版として1982年に『Olive』、1971年創刊の女性ファッション誌『non-no』の男性版として『MEN’S NON-NO』が1986年に創刊。それまで“アベック”と呼ばれていたものが“ペアルック”で通るようになったのです。

 1970年代に手編みのマフラーをカップルでしていたのが、1980年代にファッション誌の影響でDCブランドの服をお揃いで着ることがステータスになりました。1976年に原宿に1号店ができて大ブレークした『PERSON’S』なんて、まさに時代ですよね。

 当時は“あのブランドなら青山のショップで”“服を買うなら渋谷のパルコで”とこだわり抜いていたし、手間もお金もかけていた。他店舗展開もなく、ネットもない時代でしたからかなりの気合が入っていたといえるでしょう」

 当時の雑誌にも、その気合がみなぎっている。1982年2月5日号の『non-no』では、『だから、まじめにペアルック』と題して、街角スナップを大分析。彼氏の背に「LO」、彼女の背に「VE」とドーンと入ったスタイルなどを紹介し、《デートの前から、電話などでしっかりふたりの服装計画を打ち合わせしておいて、晴れの日に挑むのです。だから当然、服はふたりで買う。同じ柄のパンツとスカートを着るために、足を棒にして探したとか、ジャンパーの背中に自分たちの名前をパッチワークしたとか…愛のためには、さまざまな努力ありの頑張りなのです》とまとめている。

 前出の渡辺さんが当時を振り返る。

「今のように、LINEで気軽に“明日どこ行く? 何着る?”と相談できる時代ではなく、デートの1週間前から、“日曜は映画を見るから、10時にハチ公ね”などと固い約束をする時代。そこでペアルックをするのは、相当綿密な打ち合わせが必要。その苦労がわかるから、『あのカップル、頑張ってるな』『今のままずっとアツアツでいられるといいね!』と周りも見守っていました」

◆LINEもメールもないからこその本命感

 東京都の主婦・田中涼子さん(仮名・52才)は、大学生だった1985~1986年頃を思い出しながら懐かしむ。

「恋人だった主人とお揃いのスタジャンをよく着ていました。同じ紺で、それぞれ相手のイニシャルの文字を胸に刺繍して(笑い)。そういえば高校時代も制服の中のトレーナーをお揃いにしたり、『リーガル』のサドルシューズを揃えた友達カップルがいたなぁ。高校生ではかなり背伸びしていたはずだけど、お互いへの気持ち、本命の証というか。当時は今より“ステディー”の感覚も強かったですからね」

 しかしバブルが弾け、不景気になると、社会のムードとともにファッションもおとなしめに。あからさまなペアルックは“ダサい”と敬遠されるようになっていった。

※女性セブン2017年6月8日号

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