民間人になった女性皇族のその後 動物園園長や家元夫人も

民間人になった女性皇族のその後 動物園園長や家元夫人も

池田厚子さんは「動物園の園長」(写真:時事通信フォト)

 婚約が報じられた眞子内親王は近い将来、結婚と同時に皇籍を離脱し、民間人になる。皇居を出てからの暮らしはどうなるのだろうか。眞子内親王の“先輩”にあたる元プリンセスたちの現在から考えてみたい。

 婚約者の小室圭氏はまだ25歳。現在は法律事務所でパラリーガル(弁護士の補助)をしながら大学院に通っており、いわば「修業中の身」だ。

 事務所にもよるが、パラリーガルの20代中盤の平均年収は、一般のサラリーマンより低い「300万円に満たない程度」といわれる。眞子内親王には結婚時に1億3725万円の一時金が支給される見込みなので“爪に火を灯すような生活”ということにはならないにせよ、女性皇族が皇籍離脱する際には、経済面をはじめとして生活スタイルは大きく変わってくる。

 そこで参考になるのが、眞子内親王の“先輩たち”の暮らしぶりである。現在、結婚により皇籍を離れた存命中の元女性皇族は6人いるが、彼女たちの現在の生活はさまざまだ。

 昭和天皇の第四皇女(今上天皇の姉)である池田厚子さん(86・皇籍離脱前は順宮厚子内親王。以下同)は現在、何と「動物園の園長」を務めている。厚子さんは21歳の時に旧岡山藩主池田家の16代当主・池田隆政氏と見合い結婚。その翌年に池田氏が創設した「池田動物園」(岡山市)が開園した。皇室担当記者が言う。

「2012年に隆政さんが亡くなってから園長になりました。自ら動物園の売店に立つこともあり、園を盛り上げてきましたが、近年は施設の老朽化や入場者減に伴い、赤字経営が続いています。

 厚子さんが私財をなげうって赤字を補填している状態。なんとか存続させようと、県民有志らは『池田動物園をおうえんする会』を結成し、公営化を求めて署名運動や市への陳情を行なっています」

 厚子さんは現在も、天皇・皇后両陛下や皇太子一家に、岡山産の果物を送ることがあるという。

 厚子さんの妹の島津貴子さん(78・清宮貴子内親王)は、皇族出身者として初の「民間企業への就職」を果たした。

 貴子さんは21歳で旧薩摩藩主の一族で銀行員だった島津久永氏と結婚し、大学を中退。その後、インテリアコーディネーターの資格を取得した。31歳の時に高級輸入家具や服飾を扱う「西武ピサ」に就職。その後も百貨店のブティックやホテルの重役となり、キャリアウーマンとして活躍した。

 現在は仕事を離れているが、今年2月には静岡県熱海市のMOA美術館のリニューアルオープンに招待されるなど、その経歴を活かした活動を続けている。

 三笠宮崇仁親王の長女・近衞甯子(やすこ)さん(73・甯子内親王)は22歳で日本赤十字社の職員・近衞忠煇(ただてる)氏と結婚した。近衞家といえば鎌倉時代に成立した藤原氏嫡流で公家の家格の頂点に立つ「五摂家」の一つ。

 夫の忠煇氏は2005年に日赤の社長に就任。甯子さんは社長夫人の傍ら、学習院女子中・高等科の同窓会「常磐会」の会長を務め、学内で開かれるバザーで客引きをすることもあるという。

 甯子さんの妹で三笠宮の次女である千容子さん(65・容子内親王)は1983年に茶道の裏千家の家元・16代目千宗室氏の元に嫁いだ。容子さんは「家元夫人」として「茶道裏千家淡交会」の副理事長を務め、裏千家の宗家・総本部行事や各種講習会などを取り仕切る多忙な日々を送っている。皇室ジャーナリストの渡邉みどり氏が言う。

「容子さんは幼い頃から女官や侍女によって時間の順守や礼儀作法を厳しくしつけられてきたので、行事の際はきちんと仕度をして、始まる10分前にはピタッと座っているそうです。その様子を見た私の知人は『やっぱり育ちが違う』と感嘆してました。家元夫人として尊敬を集めており、茶道の世界では絶対的な存在です」

 今年3月には任期4年の京都府教育委員に選任され、さらに活動の場を広げている。

 嫁ぎ先が“名門”といえば、2014年に出雲大社の宮司を代々務める千家家の長男・国麿氏と結婚した高円宮憲仁親王の次女・千家典子さん(28・典子女王)もいる。結婚当初は、たびたび東京の高円宮邸に里帰りしたことが“ホームシック”と報じられたこともあったが、現在は出雲で祭事に勤しむ夫をサポートしているという。

※週刊ポスト2017年6月9日号

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