小池知事の五輪費用削減「私の時代の予備費使っただけ」と舛添氏

舛添要一・前都知事が小池百合子氏の1年を分析 五輪費用削減は「予備費使っただけ」

記事まとめ

  • 舛添要一・前都知事は豊洲移転や五輪費用をめぐる小池劇場の最中、沈黙を貫いてきた
  • 舛添氏は独占手記の中で「最高のサーカスだった」「私はライオンに喰われた」と述懐
  • 小池百合子都政の1年を分析、森喜朗氏について「オヤジは悪者にされた」と話している

小池知事の五輪費用削減「私の時代の予備費使っただけ」と舛添氏

小池知事の五輪費用削減「私の時代の予備費使っただけ」と舛添氏

舛添氏は小池知事をどう評価しているのか?

 豊洲移転や五輪費用をめぐる小池劇場の最中、沈黙を貫いてきた男がいる。政治資金の公私混同問題などをめぐって昨年6月に辞任してから1年、舛添要一・前都知事は当時の批判やその後の小池ブームに何を思うのか。新刊『都知事失格』が話題の舛添氏が、本誌に独占手記を寄せた。同氏は都知事辞任前のバッシングについて「最高のサーカス(見世物)だった」とした上で「私はライオンに喰われた。マスコミに、そして彼らが作り出した世の“空気”に完敗したのだ」と述懐している。

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 だが、そのライオンをうまく手なずけた政治家がいる。そう、私の後任知事となった小池百合子である。若い頃、テレビで共演したことはあるが、政治家としての彼女とは接点はない。

 私の友人のある自民党政治家が、彼女のことを「刹那主義の権化だ」と評したことがある。その意味するところは、「先の見通しなど考えず、その瞬間、瞬間で判断する人物」だということだ。「いま人気が出ればよい、その場がしのげればよい」というのが彼女の判断基準だという。

 実際に、小池都政の1年を分析してみよう。

 まず五輪会場のコスト削減問題。就任早々、大会会場の見直しを掲げたが、何の成果も出すことはできず、私の時代にストックしていた予備費を使うことによって、コストを下げたようなパフォーマンスをしただけであった。ボート会場に至っては、長沼ボート場を候補に挙げて宮城県に期待感を持たせただけであり、振り回された地元は大迷惑を被ったに違いない。

 ボート会場については、組織委員会も東京都も何か所もの代替候補地を現地視察も含めて検討し終わり、IOC(国際オリンピック委員会)との協議も積み重ねてきたのであって、小池知事の政治的パフォーマンスで簡単に変更できるような軽いテーマではなかった。

 そもそも五輪のコスト削減問題は、私の在任時から喫緊のテーマだった。当初、東京五輪に備えて新たに建設する恒久施設費用は、建築費や物価、人件費の高騰などで4584億円にまで膨れあがっていた。

 私は、既存施設の活用、新設施設の見直しなどで総額2576億円まで削減した。とくに新国立競技場問題では、ザハ案撤回をはじめ、厳しくナタを振るった。

 所管する文科省は抵抗したが、大所高所から的確な判断を下したのが、東京五輪の大会組織委員会会長・森喜朗だ。

 彼は私の“政治の師”にあたり、私は森オヤジと呼んでいる。私の都知事就任当時、五輪組織委員会は都庁34階に仮住まいしていた関係で、オヤジは仕事のストレスがたまると7階の私の執務室に顔を出した。

 五輪を無事に迎えるためには、都や国、日本オリンピック委員会(JOC)の意思疎通が欠かせない。私たちは定期的にランチ・ミーティングを重ね、蕎麦を食いながら意見交換した。

 小池知事と、彼女の意を汲むメディアによって、オヤジはすっかり悪者にされたが、本来は、「気配りの政治家」である。私のコスト削減改革は、どれも国や利権団体の反発を浴びたが、最終的に軟着陸できたのも、オヤジが汗をかいてくれた部分が大きい。

※週刊ポスト2017年6月9日号

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