指導力、官僚掌握力などで評価、平成総理の最高、最低は誰か

指導力、官僚掌握力などで評価、平成総理の最高、最低は誰か

小泉純一郎氏は劇場型政治で日本を動かした(共同通信社)

 17人、18代。平成の29年間に、日本は数多くの総理大臣が誕生した。まもなく平成が終わろうという今、誰が日本を前に進め、誰が日本を壊したのか、振り返っておかねばならない。今回、5段階で17人の「指導力」「選挙力・政治力」「官僚掌握力」「経済政策」「外交・安保政策」「社会保障・教育政策」を評価した(詳しくは「SAPIO」本誌を参照ください)。ここでは、それらを踏まえた「総合評価」を紹介する。今後の日本を動かすリーダーを選ぶための、判断基準となる指標を提示したい。

【1】竹下登(自民党、1987.11.6~1989.6.3、在任576日)
総合評価3.5
角栄の後継者として数の力で長期政権と思われていたが、リクルート事件によって失脚。「調整力」はあったが、それを十分発揮できないまま退陣した。

【2】宇野宗佑(自民党、1989.6.3~1989.8.10、在任69日)
総合評価1.0
「指三本(お手当30万円)」で有名な愛人スキャンダルで、自民党最短命。その醜聞の影響でニューリーダーの安倍晋太郎総理誕生の芽も摘んだ。

【3】海部俊樹(自民党、1989.8.10~1991.11.5、在任818日)
総合評価3.7
水玉ネクタイがトレードマーク。 早稲田雄弁会出身で、説得力があり弁舌さわやか。自民党のイメージ回復に貢献したと言える。

【4】宮澤喜一(自民党、1991.11.5~1993.8.9、在任644日)
総合評価3.0
自民党を政権から転落させた首相。国民は「政治とカネ」の改革に期待を寄せたが、その期待には応えることができなかった。

【5】細川護煕(日本新党、1993.8.9~1994.4.28、在任263日)
総合評価2.6
初の非自民党政権で国民の改革への期待は大きかったが、東京佐川の1億円借り入れ疑惑で政権投げ出し。「殿様」の限界が見えた。

【6】羽田孜(新生党、1994.4.28~1994.6.30、在任64日)
総合評価1.1
内閣不信任案が成立した際、衆院解散ではなく総辞職を選択し、結果的に小選挙区制導入を実現させたことが唯一の成果。

【7】村山富市(社会党、1994.6.30~1996.1.11、在任561日)
総合評価1.5
社会党は自衛隊を違憲としていたが、村山は総理に就任するや「自衛隊は合憲、日米安保は堅持」と明言。現実路線に転向した。

【8】橋本龍太郎(自民党、1996.1.11~1998.7.30、在任932日)
総合評価3.9
政策通であり、スタンドプレー好きだったが、官僚を押しのける力は持っていた。政権末期の財政政策をめぐる右往左往が惜しい。

【9】小渕恵三(自民党、1998.7.30~2000.4.5、在任616日)
総合評価4.0
「冷めたピザ」と評されたが、少数政権でありながら野党との協議で多くの法案を成立させ、珍しく支持率を上げた。悲運の急死。

【10】森喜朗(自民党、2000.4.5~2001.4.26、在任387日)
総合評価2.0
小渕急死を受け、密室で誕生し、政権の正統性が疑問視された。失言癖で国民の信頼を得られなかった総理。

【11】小泉純一郎(自民党、2001.4.26~2006.9.26、在任1980日)
総合評価4.3
自民党の古い利権構造にメスを入れたことは評価できるが、矛盾が見え始めると改革未完のまま退任し、責任を全うしなかった。

【12】安倍晋三(第一次)(自民党、2006.9.26~2007.9.26、在任366日)
総合評価2.5
小泉が残した議席を背景に国民投票法実現にこぎつけたが、病気を理由に突然退陣を表明。政権投げ出しの誹りは免れない。

【13】福田康夫(自民党、2007.9.26~2008.9.24、在任365日)
総合評価2.4
安倍のピンチヒッターで登場したが、最後は「私は首相になりたくてなったのではない」と開き直って退陣。国民を失望させた。

【14】麻生太郎(自民党、2008.9.24~2009.9.16、在任358日)
総合評価2.3
当初人気は高かったが、結局「カネ持ちは国民の気持ちはわからない」と批判を浴びた。それを挽回する突破力がなかったと言える。

【15】鳩山由紀夫(民主党、2009.9.16~2010.6.8、在任266日)
総合評価2.2
「コンクリートから人へ」など掲げた政策は悪くはなかったが、それを実行に移すだけの経験、能力に決定的に欠けていた。

【16】菅直人(民主党、2010.6.8~2011.9.2、在任452日)
総合評価1.5
公約破りの増税路線で国民を裏切り、震災対応・原発事故対応にも失敗して国民を失望させた。経済対策にも疎かった。

【17】野田佳彦(民主党、2011.9.2~2012.12.26、在任482日)
総合評価1.2
国民を無視した独善的な解散で民主党への信頼を決定的に失わせた。日本の二大政党制への道を断った総理。

【18】安倍晋三(自民党、2012.12.26~、在任1600日、第一次政権と合わせて約2000日)
総合評価3.4
保守地盤の支持で安倍一強体制を作り上げたが、憲法改正では路線転換も見られ、ブレが目立ち始めた。

(以上、敬称略)

 ひとくちに「平成の総理」といっても、大きく2期に分かれる。竹下登首相から宮澤喜一首相までの自民党政権は、派閥政治という名の集団指導体制で運営され、「調整型」の政治が行われた。

 しかし、非自民の細川護煕政権以降の政界は多党乱立で政党の離合集散が激しい不安定な連立時代に突入。そのうえ小選挙区制の導入で首相個人の資質に政治が大きく左右される状況が生まれた。

 超短命の羽田孜首相のようなリーダーが登場すると国民には悲劇だ。安倍晋三氏(第一次)から野田佳彦氏までの6代の総理も就任から短期間で支持率が急落するジェットコースター現象により1年前後で交代し、「決められない政治」が続いて日本は壊れていった。

 そんな中、強いリーダーシップを発揮し、国民に直接訴える「劇場型政治」の手法を編み出して良くも悪くも日本を動かしたのが小泉純一郎首相だった。

 小泉氏とは対照的なのが小渕恵三首相で、自民党派閥政治の真っ只中で育った「調整型政治家」ながら、少数政権で未曾有の金融危機に直面すると、野党の政策を丸呑みするという大胆な妥協で対策をまとめ、なんとか危機を乗り切った。意外に思われるかもしれないが、評価が高いのはそのためだ。

 民主党政権の3代の首相が極めて低評価なのは、公約破りで国民の期待を裏切ったからだけではない。この国の政治に生まれかけた2大政党の流れをぶち壊し、国民の政権選択の機会を失わせた罪こそが重い。

「山高きがゆえに貴からず」という。総理も在任期間が長いことだけで評価されるべきではない。再登板後の安倍首相が選挙に勝ち続けて長期政権を維持している一番の理由は、その民主党(民進党)の敵失で国民に他の選択肢がないという消極的支持にすぎない。安倍政権下の選挙が軒並み低投票率なのはそのためだ。

 安倍氏の真の評価は、これからの政治で定まる。

※分析/野上忠興(政治ジャーナリスト)と本誌取材班 
※協力/武冨薫(ジャーナリスト)

●のがみ・ただおき/1940年、東京生まれ。64年、早稲田大学政治経済学部卒。共同通信社社会部、横浜支局を経て、本社政治部勤務。佐藤栄作、田中角栄両首相番、自民党担当キャップなどを歴任。政治部次長、整理部長、静岡支局長などを務め、2000年にフリー。政治ジャーナリストとして活動するかたわら、講義・講演も精力的に行う。

※SAPIO2017年7月号

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