「カイロ大首席卒業」囁かれた小池知事、現地取材で真相判明

「カイロ大首席卒業」囁かれた小池知事、現地取材で真相判明

小池百合子氏が通ったカイロ大学文学部

 6月1日、「都民ファーストの会」の代表に小池百合子都知事が就任し、同氏は自民党を離党した。小池氏の政界入りのきっかけはカイロ大学留学時にあるとも言われるが、そのルーツについては彼女によって語られたものを除けば噂話ばかりで、客観的証言はこれまでなかった。1974年、小池氏が一人の留学生・コイケユリコとしてエジプトですごしていた時代を国際ジャーナリスト・山田敏弘氏が解き明かす(文中敬称略)。

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 小池が留学していた70年代前半、カイロに暮らす日本人留学生は20人にも満たなかった。当時カイロに留学して小池と知り合った女性は、女子大生の小池をこんな風に記憶している。

「お嬢様という感じでした。華奢でほっそりして、色白で綺麗な人。喋り方も上品でした。兵庫出身なのに関西訛りもなく、標準語で話していました」

 当時日本から単身エジプトの大学に留学するというのは余程の事情でもない限り、考えにくいことだった。現在のようにインターネットもなければ、国際電話も簡単に利用できるわけではない。当時カイロで暮らした日本人が言うには、「地の果て」だった。

 そもそもなぜカイロ大学だったのか。別の元留学生によれば、「彼女は入学前に『国連の公用語5か国に次いでアラビア語が世界で注目されていたことでアラビア語を勉強すると決めた』と言っていた」そうだ。

 事実、翌1973年にアラビア語は国連の公用語に採用されており、小池に先見の明があったことが窺える。

 小池は1971年9月にカイロの地に降り立つまで、アラビア語は一切勉強しなかったと自ら述べている。そんな状態で、いきなりアラブ諸国で最高峰のひとつとされるカイロ大学に入れるものなのか。小池が当時「仙人」と仰いでいた日本人初のカイロ大学卒業生、小笠原良治・大東文化大学名誉教授が言う。

「カイロ大学には入学試験がなく、望む者に門戸は開かれている。それでもアラビア語のできない外国人は入れないし、もちろん授業にもついていけない」

 実際に小池は一度、アラビア語ができないために大学側から入学を拒否されている。そこでカイロ市内にあるカイロ・アメリカン大学が提供する語学特訓コースに通い、8か月にわたってアラビア語を集中的に勉強した。そして翌年、晴れてカイロ大学に入学し、4年で同大学を卒業した。

 だが難解なアラビア語が使われる大学を卒業したことについて、これまでも「本当に卒業したのか」という学歴詐称疑惑が飛び交ったことがある。小池の卒業について調べるため、カイロ大学に向かった。

 校内では、小池が通った文学部の建物が当時のまま使われていた。まず留学生を把握している管理課で、「文学部長に許可を取ってくれ」と告げられた。学部長室に向かうと、今度は秘書から伝言で「日本語学科に許可を取れ」と、たらい回しになった。エジプトではよくあることだという。

 そうした“インシャラー文化”に従って日本語学科に向かうと、「日本の筑波で暮らしたことがあります」と気さくに話すアーデル・アミン・サーレ教授にたどり着いた。アーデル教授に小池の在籍記録を調べてもらった。

「大学の記録では、小池さんは文学部社会学科を1976年に間違いなく卒業しています。成績は『グッド』でした。6段階評価で上からエクセレント、ベリーグッド、グッド、アクセプタブル(許容範囲)、ここまでが合格です。その下、ウィーク、ベリーウィークなら留年。つまり彼女は真ん中ぐらいの成績だった」

 アーデル教授が続ける。「1年時にアラビア語を落としているようだが補習でクリアしている。カイロ大学は今でも4人に1人は留年するが、彼女は4年間で卒業している。これはすごいこと。10月に卒業したことになっているが、普通は7月卒業なので、2か月遅れたのは卒業前にも補習を受ける必要があったからだろう。相当に大変だったのではないか」

 前出の小笠原は、イスラム教徒に改宗してエジプト社会に身も心もどっぷりと浸かり、10年をかけてやっと卒業している。そんな彼は小池がたったの4年ほどで卒業したことに驚きを隠さない。

「アラビア語の日本語辞書がなかった時代です。アラビア語を話せなかった人が8か月の特訓後、4年でカイロ大学を卒業したというのは間違いなく奇跡です」

 いったい奇跡をもたらした小池の語学力はどれほどのものだったのか。前出の元留学生の女性は「小池さんがアラビア語を話しているのを聞いた覚えはない」と語っており、謎は深まるばかりだ。

 そこでアラブ圏で最高峰のアズハル大学を卒業し、現在は通訳・翻訳家であるカイロ在住のモハメッド・ショクバに、取材などでアラビア語を話す小池の語学力について検証してもらった。

 検証材料は2011年にUAE(アラブ首長国連邦)のテレビ番組が小池を取材したものなど、いくつかのインタビュー映像だ。

 ショクバの見解はこうだ。「留学していたのが40年前だとしても、信じられない。あまりにお粗末でカイロ大学を卒業して通訳をやっていたという話を疑ってしまうほどだ。話す文章は完結しておらず、普段私たちが使うことのない単語を使っている。それでも卒業しているのだから、読み書きが並外れて優れていたのだろうと思います」

 小池のカイロ大学時代については「首席で卒業した」といった伝聞がまことしやかに囁かれてきたが、どうも実態は違ったようだ。

※週刊ポスト2017年6月16日号

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