中核派と革マル派はそれぞれ約3000人、オルグの場は今も大学

中核派メンバーの大坂正明容疑者が逮捕 中核派と革マル派はそれぞれ約3000人と推計

記事まとめ

  • 「渋谷暴動事件」の実行犯とされた中核派メンバーの大坂正明容疑者が逮捕された
  • 中核派と革マル派はシンパも含め約3000人、革労協は100〜200人と推計される
  • 革マル派のオルグの場は大学で、一部の大学に自治会やサークルなどの拠点がある

中核派と革マル派はそれぞれ約3000人、オルグの場は今も大学

中核派と革マル派はそれぞれ約3000人、オルグの場は今も大学

46年間逃げ続けた中核派メンバーはついに逮捕(写真:時事通信フォト)

 セクト、内ゲバ、アジビラ、オルグ……半世紀も前の学生運動の時代を、いまだに生きている活動家たちがいる。46年間逃げ続けた中核派メンバーの逮捕劇から、過激派新左翼の「現状」が浮かび上がってきた。

「渋谷暴動事件」──。おそらく60代以上でないと、ピンとこない事件であろう。1971年に沖縄返還協定を巡って、中核派を主とする学生らが渋谷で暴動を起こし、機動隊員の中村恒雄警部補(当時21)がガソリンをかけられて焼き殺された事件である。その実行犯とされた中核派メンバーの大坂正明容疑者(67)が、去る5月18日、広島市内のマンションで大阪府警によって逮捕された

 中核派や革マル派といった新左翼が誕生したのは、50年以上も前の話である。日本共産党の穏健路線などに疑問を抱いた若い共産主義者らが、あくまで武力闘争を主張し創設したのが革共同(革命的共産主義者同盟)だ。

 既存左翼を否定したので、新左翼と呼ばれるが、革共同から1963年までに3度の分裂を経て誕生したのが、中核派と革マル派である。1960~70年代の全盛期には、両派の活動家は数万人いたと推定されている。

 しかし、両派は運動の行き詰まりから内ゲバを繰り広げるようになり、数百人にものぼる犠牲者を出した。なかには、無関係な人が間違われて襲われて命を落としたケースもある。本来の目的から逸脱した闘争によって求心力を失い、運動は急速に萎んでいく。50年あまりの年月を経て、両派の現状はどうなっているのか。

「機関紙の発行部数などから推計すると、中核派と革マル派はシンパも含め、それぞれ約3000人。もうひとつの新左翼団体である革労協は100~200人で、あと10年もすれば消滅すると囁かれている。中核派と革マル派も高齢化という問題を抱えているのは同じで、メンバーの中心は50代~60代だが、革労協に比べるとまだ組織維持に成功している。

 革マル派のオルグの場は大学で、いまだに一部の大学に自治会やサークルなどの“拠点”がある。中核派もかつては法政大学の自治会を拠点にしていたが、大学側が自治会を解散させたため、近年はいくつかの大学構内や反原発集会でリクルートする手法にスライドしている」(公安関係者)

 最初は正体を明かさずに「戦争法案はおかしいと思わないか」「共謀罪には問題がある」などと声をかけ、興味を示したら集会やデモに誘う。メンバーになると確信できる段階になって初めて正体を明かす。オルグの手法は昔と全く同じだ。だが中核派は近年、武装闘争路線から“公然活動”にシフトしつつあるという。

「中核派は反原発を掲げる学生団体『NAZEN』を創設し、福島県内に拠点として診療所を設置するなど、反原発を前面に出し、反安保、改憲阻止、環境問題、貧富格差是正などを訴える市民団体にも浸透をはかっている。ただ、一昨年夏の安保法案反対の国会前デモでは、中核派の学生が参加しようとしたところ、学生団体のSEALDsから排除されるなど成果は乏しい」(前出・公安関係者)

 一方の革マル派はどうか。

「革マル派は思想的にも組織力においても、それなりの“強度”を維持している。最も違うのは資金力で、純粋培養度が薄まった中核派にはカンパも集まらなくなっているが、革マル派には今も労組系からカンパが集まっている」(同前)

 革マル派には専従活動家が約200人いて、そのうち約100人が、対立する他セクトや警察などの情報収集を担う非公然部隊『情報調査部(INF)』である。24時間体制で警察無線を傍受し、公安幹部の人事情報や自宅住所を割り出したりしていることが過去の捜索などで判明している。高齢者と呼ばれる歳になっても、革命の夢を捨てていないのだ。

※週刊ポスト2017年6月30日号

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