「なんとなく風俗」その答えにこみ上げる怒りについて

「なんとなく風俗」その答えにこみ上げる怒りについて

仕事を続ける動機は簡単に口にできないこともある

 百人の人がいれば百通りの事情があると頭ではわかっていても、人は困窮者の事情をステレオタイプに考えがちだ。とくに、人に言いづらい仕事をしている人に対しては、その仕事の情報が少ないこともあって、類型的な人生と生活を送るものだと思ってしまう。「なんとなく風俗」という新しい言葉で仕事を続ける動機を表現され、それに反発した当事者の言葉をきっかけに、ライターの森鷹久氏が、彼女たちの本当の事情について考えた。

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「番組を見ていて“こんな風俗嬢”本当にいるの? と怒りがこみ上げてきた。ドキュメンタリー番組などで風俗の仕事が取り上げられる機会が増えている気がするが、どれも的を射ていない。私達は不幸な玩具じゃない」

 筆者にラインでこのようなメッセージを送ってきたのは、東京・上野の風俗店に勤務する女性・公佳さん(28)。公佳さんが違和感を覚えたというのは、6月15日にNHKの『首都圏ネットワーク』で放送された、風俗業で働く女性についての特集だ。後日、その放送内容のダイジェストがホームページで公開されたが、そのタイトルは「“なんとなく”風俗で…」。放送と同じく「なんとなく」が強調された取り上げ方に、公佳さんは違和感を感じざるを得なかったという。

 その番組では、風俗で働く女性への支援を行う団体の取り組みと、それによって風俗業界以外への再就職を試みる女性たちを取り上げていた。今どきの風俗で働く女性たちの実態紹介のひとつとして、その団体が2015年にとったアンケート結果から、風俗で働き続ける理由の第一位「生活費」ではなく、第二位の「なんとなく」という回答に注目。「なんとなく」と回答した人のなかから、別業界への再就職を希望している女性へのインタビューを行っていた。

 前述の公佳さん自身が風俗で働き始め、今も続ける理由は「生活費のため」だ。「なんとなく」の当事者ではない。しかし、「なんとなく」続けている風俗嬢がいるとしても、そういった意見を彼女たちが表面的に話すまま取り上げることに、どんな理由があるのかと疑問を呈す。

「ごく一部の女性を除けば、風俗の仕事なんて今すぐにでも辞めたいと思っている。それでも辞められないのは、やはり生活のため。風俗って病気になるリスクも高く、危険な仕事なんです。それを”なんとなく”続けている人なんていない。そう答える女性たちがいたとしても、それは本心ではないでしょう」

 公佳さんは、この取材が結果ありきか、支援団体発表のデータを見て、面白いと思った部分だけをかいつまんで放送したのではないかという疑いを持っている。そして「なんとなく」と答えた女性たちもまた「なんとなく”なんとなく”と答えたのではないか」と鋭く指摘する。

 つまり「なんとなく」と答えていることそのものが「なんとなく」によって生まれたもの。だから、「なんとなく」という回答は、彼女たちが抱える本当の理由に届いていないというのだ。

 この指摘には、筆者もドキリとさせられる。ネガティブな取材をする際に、相手が多くを語りたがらないのはごく当たり前のことで、こちらがどれほど熱意を持って問うたところで、返ってくる答えは暖簾に腕押し、とりとめのない内容である場合がほとんどだ。他人に事情を説明するわずらわしさも手伝って「なんとなく」と答えてはぐらかそうとするのは自然なことだろう。

 またこの場合に“喋りすぎる取材対象者”に注意を払うべきなのは言うまでもない。なんとなく、と答えるのとは逆の方法で、喋りすぎる人は本当のことを胸の奥にしまい込んでしまうのだ。

 アンケート調査やカメラの前(もちろん顔にモザイクは入るが)でのインタビュー取材に「なんとなく」と答えた女性たちの多くは、質問にどう答えればよいのか自身の考えがまとまらない状態だったか、問いかけをされること自体が面倒になってはいなかったか。公佳さんは訴える。

「少なくとも“風俗が嫌で風俗から抜け出したい”と考え支援団体を訪ねた女性たちにとって、なぜ風俗で働き続けるのかと問われる以上に辛いことはない。それがわからないから泣きついているのに……。”なんとなく”と答えるのは、彼女たちの逃げの姿勢かもしれない。その逃げの部分こそ、取り上げるべき部分ではないのか。そういった可能性を考えずに”なんとなく”を、風俗で働く女性たちの少なくない意見として紹介するのはおかしい」

 支援団体の取り組みについても、風俗という仕事からの転職といったセンシティブなネタを取り扱うことについても、何も異論はない。逆に、既存の団体やメディアが見つめない角度から、問題の本質を追究しようとするスタンスは賞賛に値するものだとすら感じる。しかし、その姿勢が上辺をだけを舐め取るようなものであれば、問題の本質が見えなくなってしまうどころか、誤解の蔓延を、風俗で働く女性たちを非とする、狭小な世論を作り出しかねない。

「困窮した女性の多くが風俗で働かざるを得なくなっているという事実、たとえそれが既視感のあるテーマであっても取材する人は逃げないでほしい。“なんとなく働く”女性たちにフォーカスしていますが、“風俗で働いていた期間の履歴書を埋められない”など、突き詰めれば彼女たちの“なんとなく”は、言葉の通りではないと番組を見ているだけでもわかる。風俗嬢のその後について、勝手に心配してもらうのは結構ですが、中途半端に立ち入られるのは大きなお世話。風俗の仕事が危険で、その後のリスクもあるということを啓発するならまだしも……。私たちと同じ立場で取材しろとはいいませんが、上から見下されているという気分になります」(公佳さん)

 以前、筆者が若者向け雑誌の編集者だった頃、風俗で働かざるを得なくなった若い女性数人にインタビューをしたことがあった。風俗で働くようになった経緯について問うも、まさに「なんとなく」「お金欲しさに」という答えが九割を占めた。後に、数名のうち2人の女性が働く性風俗店のオーナーに話を聞くと、事情は全く違っていたのだった。

「なぜと問われて、女の子たちが本音で答えないに決まっているし、なんとなく、金の為としか答えられない。森さんはそもそも、彼女たちの置かれた境遇をネガティブなものとして捉え、取材に来ている。彼女たちもそれを知っている。そこに対等な関係がないのは明白で、そんな相手に“親が病気で”とか“学費を稼ぐ為に”と事情を吐き出すわけがない。取材というが、浅すぎませんか」

 この取材を通じて、彼女たちが抱える問題の本質は、“なんとなく”と答えざるを得ない心理の中に存在したのではないだろうか、と考えるようになった。本当に深刻な状態にある人が使う「なんとなく」は、一般的に言われる「あまり深く考えず軽い気持ちで」という意味ではないだろう。自分の身に起きたことが複雑なあまり、気づいたらいつのまにか今の仕事に就いている人が発する「なんとなく」は、日常から突然、闇にまぎれてしまった困惑を言葉にしているだけだ。自身ではどうしようもないような困惑や危機に直面した時、テレビカメラの前で全てを晒け出せるのか。マスコミの末端にいる筆者でも、逃げるように漏れ出る言葉は「なんとなく」や「とりあえず」であるに違いない。

 その繊細で複雑な本音に触れることなく、アンケート結果の「なんとなく」に着目しても、新しいステレオタイプが生み出されるだけ。もちろん、わかりやすく多額の借金を抱えざるをえなくなる人も、享楽的に風俗の仕事を選んだ人もいるが、実際に働いている人の苦しみはもっと複雑だ。「なぜ風俗で働き続けるのか分からないから泣きつく」と公佳さんがいうように、なぜ自分が苦しいのかも、自身が置かれている状況の説明も難しいという人々がいる。

 放送時間や紙幅には限りがあるので、取材対象について伝えられる事柄に限界はある。だが、風俗で働く人や貧困に苦しむ人など、困難に陥っている人たちをとりあげるときほど、限られたなかにも細心の注意をはらわなければならない。取材する者として、ステレオタイプに陥らないよう、ひとりひとりと向き合い、少しずつでも伝え続けようと思いを新たにした。

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