山本幸三・地方創生相 “お友達”に便宜供与疑惑の新証拠

山本幸三・地方創生相 “お友達”に便宜供与疑惑の新証拠

山本幸三氏の便宜供与疑惑に新証拠(写真:時事通信フォト)

 加計学園問題で露呈した自らに近しい人物に便宜を図る“お友達ファースト疑惑”だが、それが向けられるのは、安倍晋三首相だけではない。加計問題を巡って官邸の守護神となった「担当大臣」にも重大問題が浮上した。

「一点の曇りもない手続きに則ったやり方」

 6月26日、記者団を前にそう強調したのは山本幸三・地方創生担当大臣だ。「もう“勝負あり”。今になって何を言っているのか」と前川喜平・前文科次官や現職官僚の内部告発を非難。特区担当の閣僚として、問題の幕引きを宣言してみせたのである。

「獣医学部新設を巡っては石破茂氏が担当相だった2015年6月に新設に厳しい条件を課す閣議決定がなされた(いわゆる「石破4条件」)。事態が急速に進展したのは昨年8月の内閣改造で担当相が山本氏に交代してからです」(大手政治部記者)

 当選7回で初入閣の山本氏は「アベノミクスの仕掛け人」と呼ばれる側近議員。山本氏の入閣直後の昨年9月、『週刊文春』(2016年9月8日号)と『週刊新潮』(同)が次の件を報じた。

 山本氏が代表を務めていた投資会社「ブルーエコノミー・ホールディングス(以下、ブルー社)」に資金を提供した人物らにインサイダー取引容疑がかかった際、山本氏が証券取引等監視委員会(SESC)の強制調査に圧力をかける目的で国会質問をしたとする疑惑だ。

 当時、山本氏は知人に頼まれ「非常勤、無報酬かつ一時的」なものとしてブルー社代表に就任し、SESCの強制調査を受けた日興コーディアル証券元執行役員の吉岡宏芳氏とは「1度しか会ったことがない」「(国会質問を)頼まれたことは一切ない」と弁明した。

◆「他人」か「パートナー」か

 しかし、ここに1枚の名刺がある。

〈ブルーエコノミー・ホールディングス 業務執行パートナー 吉岡宏芳〉

 名刺には同社のエンブレムも印刷されている。この名刺を受け取ったと証言するのは、山本氏の元後援者であるA氏だ。

「山本氏と初めて会ったのは1990年頃。落選中なのに上から目線で話すのが印象的でした。付き合いを続け、色々と援助もした。ブルー社の事実上のオーナー・B氏(現代表)を山本氏に紹介したのも他ならぬ私です」

 A氏が吉岡氏に会って名刺交換したのは2012年春のことだという。

「企業の転売先を紹介してほしいとの用件でB氏に引き合わされた。ブルー社が新橋に移転した頃のこと」

 山本氏が国会質問で吉岡氏への強制調査を批判していた時期に、“一度しか会ったことがない”はずの吉岡氏が、山本氏が代表を務めるブルー社の名刺を持ち歩いていたとする証言である。吉岡氏の代理人である佐藤博史弁護士に問うと「本人に確認する」とし、1時間後に連絡があった。

「確かに吉岡氏はブルー社の名刺を持っていたようだが、時期は違う。証券会社の社員だった2012年春は兼業が禁止だった。名刺をもらったのは、2012年6月の逮捕・解雇を経て保釈された同年夏以降。2012年3月の山本氏の国会質問の時にブルー社の肩書きはない。山本氏はほとんどブルー社に来ず、吉岡氏も1回しか会ったことはないと言っている」

 山本氏の国会質問時にブルー社の肩書きはなかったとする説明だが、その説明通りであれば、今度は別の問題が出てくる。

 山本氏は国会質問で吉岡氏への強制調査を批判したが、SESCの告発は止まらず吉岡氏は逮捕され、証券会社を解雇された。そんな状況に置かれた吉岡氏にブルー社が仕事を与えたという経緯は、“調査が止まらなかったことの埋め合わせではなかったか”という疑惑が生じてくるからだ。

 なお山本氏は2012年11月に同社代表を辞任。吉岡氏がブルー社に“働き口”を得たのが山本氏の退任前か後か、吉岡氏側の説明は曖昧だが、いずれにしても、「一度しか会ったことがない」という人物への取り計らいとしてはあまりに不自然で、山本氏が十分な説明をしているとはとてもいえない。

 だが、山本事務所は本誌の取材に「吉岡氏の(名刺の)件は承知していない。吉岡氏と交流もない」と回答するのみだった。

 安倍首相はこの“身内優遇”の疑惑を不問に付し、山本氏は特区担当の大臣に止まった。獣医学部新設の特区認定が決まったのは、そのわずか2か月後のことだ。「一点の曇りもない」という言葉は空しく響く。

※週刊ポスト2017年7月14日号

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