佐藤優と片山杜秀、オウム真理教「尊師マーチ」への解釈

佐藤優と片山杜秀、オウム真理教「尊師マーチ」への解釈

日本社会に大きな傷跡を残した(麻原彰晃・死刑囚) 共同通信社

 平成の時代相を決定付けたのが、1990年代半ばのオウム真理教による一連の凶悪事件、そして“無差別テロ”の地下鉄サリン事件だった。音楽を巧みに取り入れて宣伝などに利用したオウム真理教について、元外務省官僚としてロシアと接点のあった作家・佐藤優氏と慶應義塾大学法学部教授の片山杜秀氏が語り合う。

片山:平成6(1994)年4月に細川連立内閣の後を受けて発足した羽田内閣が64日間で退陣し、村山連立内閣が成立しました。この時期、激しく動いたのは政治だけではありません。

 平成6年6月にオウム真理教による松本サリン事件があり、さらに翌年3月20日には地下鉄サリン事件が起きた。その間には阪神・淡路大震災も発生した。

佐藤:大震災翌日の1月18日、私は秘密文書を届けるために一時帰国しました。成田空港からのタクシーで聞いたラジオ番組がとても重苦しい雰囲気で話していたのを覚えています。

片山:あの震災では自衛隊の出動の遅れが問題になりました。戦後の日本ではじめてリアルな危機対応が求められた災害だった。

佐藤:一方、その2か月後の地下鉄サリン事件では、埼玉県の大宮駐屯地から完全防備の化学防護隊がすぐに駆けつけた。あの映像を見て、私は日本の化学戦対応能力は決して低くないと感心しました。

 実は地下鉄サリン事件の数日後、3月末日に東京に戻る私のためにロシア人たちがモスクワでお別れパーティを開いてくれたんです。ロシア人の間でもオウムの話題で持ちきりでした。

片山:オウム真理教は、ロシア人でキーレーンという名の交響楽団を編成し、来日公演をさせていましたね。

 ソ連は音楽家の宝庫でしたが国家の崩壊で大勢が食いつめた。そこをうまくつかまえて上祐史浩がなかなか上手なプレーヤーたちをお金で集めました。そしてカッサパというホーリーネームの東京音大出身の信者が、麻原彰晃の口ずさんだメロディを麻原彰晃作曲として交響曲や交響詩にして、コンサートで演奏した。

佐藤:いま、その人はどうしているんですか?

片山:カッサパの消息はその後、聞きませんね。「ショーコー、ショーコー、ショコ・ショコ・ショーコー」という歌詞で広く知られた『尊師マーチ』もカッサパの作曲と言われています。

 私は1993年に新宿文化センターでカッサパ指揮するキーレーンの演奏会を聞きました。麻原彰晃が「この大幻想曲『闇から光へ』は自由な形式で作曲しました」などと舞台中央で説明するのです。

佐藤:口ずさんでいるだけですから、確かに自由な形式ではありますね(笑)。

片山:創価学会の池田大作が山本伸一名義で作詞したり、天理教の中山みきが「お歌」を作ったり、遡れば親鸞の和讃もありますから、教祖が音楽を作るのは宗教の根幹的行為のひとつかもしれません。

 けれど交響曲まで作るのは珍しい。交響曲はひとつの世界観の表現として発達した分野ですから。麻原彰晃はゴーストライターを使って、ひとつ極めたわけです。

●さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。主な著書に『国家の罠』『自壊する帝国』など。共著に『新・リーダー論』『あぶない一神教』など。本誌連載5年分の論考をまとめた『世界観』(小学館新書)が発売中。

●かたやま・もりひで/1963年生まれ。慶應大学法学部教授。思想史研究家。慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞受賞。近著に『近代天皇論』(島薗進氏との共著)。

※SAPIO2017年8月号

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