新型コロナ感染の懸念 歯科医院の5割が危ない理由

新型コロナ感染の懸念 歯科医院の5割が危ない理由

歯科にはどんな感染リスクがあるのか(写真はイメージ)

 日本中がウイルス感染にかつてない危機感を抱くなか、見逃されているリスクがある。それが「歯医者」だ。実は、十分な感染予防策が取られているかどうかは、歯科医院によって大きく異なる。どこで見分ければいいのか。『やってはいけない歯科治療』(小学館新書)著者のジャーナリスト・岩澤倫彦氏がレポートする。

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「世界的な流行が、未知の領域に突入した」と、WHO(世界保健機関)が表現するほど、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。安倍晋三首相が小中高の一斉休校を要請、厚生労働省の専門家会議はライブハウスやカラオケボックスなどへの立ち入り自粛を呼びかけているが、すべて場当たり的な対策に終始している。中でも情報がすっぽり抜け落ちているのが、「歯科治療」の感染リスクだ。

 新型コロナウイルスの感染ルートについて、厚労省は「飛沫感染(ひまつかんせん)」と「接触感染」を挙げている。この2つのリスクが混在しているのが「歯科治療」。

 当然のことだが、歯科医院を訪れて診察や治療を受ける際、患者がマスクをつけたままというわけにはいかない。そのため、新型ウイルスなどに感染した患者が来院した場合に、どのようなリスクがあり、歯科医院側がどう備えるべきなのか、そして自分の通っている歯科医院が適切な対策を取っているのか、知っておく必要がある。

 虫歯治療で歯を削る時に使用される、高速回転のエアータービン・ハンドピースなどは、摩擦熱の冷却と洗浄のため、常に水が流れ出ている。仮に患者が新型コロナに感染している場合、歯を削ると周囲約1メートルの範囲でウイルスを含んだ飛沫が飛び散ってしまう。

 神奈川歯科大学の浜田信城教授(微生物感染学分野)が、歯科クリニックの診療室内部を調査したところ、「患者が座るチェア」「口腔内を照らすライト」、そして治療中に口腔内から水を吸い上げる「バキュームの内側」に、大量の細菌が付着していることが確認された。つまり、ウイルスも同様に付着している可能性が高い。

 現時点では、新型コロナウイルスがこうした無機物に付着してどの程度の時間、感染力が持続するのか、まだ確定した情報は出ていない。それでも、感染予防の意識がある歯科医院では、ライトなどはラップでカバーして患者ごとに交換、チェアなどもアルコールや次亜塩素酸ナトリウム溶液で拭いている。

 また、歯を削る時に使用するハンドピースは、回転を停止した時に血液や唾液などが逆流する「サックバック現象」が起きることがある。患者が新型コロナウイルスに感染していた場合、そのまま次の患者にハンドピースを使用すれば、感染する可能性は高い。

 ハンドピース内部には「逆流防止弁」がついているが、厚労省の研究班が5社のハンドピースの実験したところ、すべてのハンドピースで「サックバック現象」が確認された。そのため、厚労省の指針では「患者ごとにハンドピースの交換が望ましい」としているが、半数の歯科医はこの指針を無視していることが分かった。

 厚労省の研究班として、東北大学の江草宏教授が2017年に行った調査では、「使用済みのハンドピースを患者毎に交換し、滅菌を行う」と答えた歯科医は、52%だったのである。実は2014年にも、国立感染研究所の研究員による調査が行われ、患者ごとにハンドピースを交換していた歯科医は約3割だった。つまり、7割が「使い回し」をしていたのである。

 歯科治療における感染リスクは、血液、唾液などが付着する治療器具の全てにある。ハンドピース以外にも、根管治療に使うリーマーやファイル、エアタービンに装着するチップ(またはバー)、口中の水を吸い出すバキューム、歯石除去用のキュレット、スケーラーなど、種類は多い。

 こうした治療器具は、高圧蒸気を使った「オートクレーブ」で滅菌処理をするように指針で定められているのだが、これも歯科医院で徹底されていない。取材した歯科医院の中には、器具をアルコールに浸しただけのところもあったし、ある歯科医によると、オートクレーブを用意していないクリニックもあるという。

 予防歯科を中心にした小池歯科医院(神奈川・川崎市)では、治療器具を全てオートクレーブで滅菌処理しており、紙コップなどは使い捨てにしている。別掲の画像のように、治療器具が「滅菌パック」に入っていれば、オートクレーブで処理をしていると考えていいだろう。

 歯科医が治療の時に装着している薄手のグローブにも注意が必要だ。患者ごとに交換せず使い回しをしているケースや、グローブを装着した状態で手洗いをしているケース。これは両方ともNGである。前者はいうまでもないし、厚労省の指針によると、グローブで手洗いしても微生物が除去されず残っていたり、小さな穴が空いていたりすることが確認されているのだ。

 年齢が高い歯科医に多いのが、「繊細な治療だから素手で行う」というもの。しかし、手洗いはよほど入念に行わないと、汚れは落ちていない。

「すべての患者の血液、体液、分泌物などは感染する危険性があるものとして取り扱わなければならない」

 これはアメリカのCDC(疾病管理予防センター)が提唱する「スタンダードプリコーション」という、感染予防の基本原則である。エイズ・パニックが起きた教訓から、この「スタンダードプリコーション」の概念が生まれたという。

 今回、日本では、新型コロナウイルスに感染したことに気づかないまま多くの人に接触して、感染拡大を招いたケースがいくつも報告されている。歯科医院が感染拡大の温床となる可能性は十分にあるだろう。

 では現代医療では常識の感染予防が、なぜ日本の歯科医院で実施されないのか?

 歯科医の中には、保険の診療報酬の安さを主張する人もいる。だが、小池歯科医院の小池匠院長はこう指摘する。

「私は保険診療の範囲で、十分に感染予防はできると考えています。しかし、最新の高額な医療機器を導入した歯科医院は、多額の借金を背負うので、感染予防にコストをかけられないのでしょう」

 これまで、歯科医院の感染予防は、ほとんど問題視されてこなかった。理由の一つは、感染症の多くに潜伏期間があるので、歯科治療が感染原因として特定されていなかったことがある。

 新型コロナウイルスに関しては、世界中が過剰に反応している面もあるだろう。確かに、日本だけでクルーズ船乗客を含めて10人余りの死亡者が出ているが、毎年インフルエンザで2000人から3000人が死亡している現実もあるので、基礎疾患がある人や高齢者以外はそこまで怖がる必要はない。

 とはいえ、歯科医院にかかるときは、感染予防を判断材料の一つに加えたほうが賢明だろう。

【プロフィール】いわさわ・みちひこ/1966年、北海道・札幌生まれ。ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家。報道番組ディレクターとして救急医療、脳死臓器移植などのテーマを報道。「血液製剤のC型肝炎ウィルス混入」スクープで、新聞協会賞、米・ピーボディ賞。4月10日に新著『やってはいけない がん治療』(世界文化社)が発売予定。

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