新型コロナ 無茶な政策連発の背景に政権の内部崩壊

新型コロナ 無茶な政策連発の背景に政権の内部崩壊

迷走は続く(時事通信フォト)

「ウイルスより、目に見える人が怖い」──客の苦情に怯えるドラッグストア店員の嘆きがネット上で話題を呼んだが、安倍首相も同じ気持ちかもしれない。官邸を支えてきた側近と官僚たちが、新型コロナを機に内部分裂を始め、それが政策の迷走をもたらしている。もはや首相は感染拡大とともに、「官邸崩落」を止めることもできない。ノンフィクション作家の森功氏がレポートする。(文中敬称略)

◆「裏の指南役」の存在

 後手後手の思いつき政策──。安倍晋三政権における新型コロナウイルス肺炎対策を総じて略せば、そんな感想になろうか。さしずめ話題になった唐突な小中高の全国一斉休校要請は、その典型例だろう。が、それだけではない。

 政府は3月に入り、休校の後付けで、子供の面倒を見るために仕事を休まなければならない親に対する休業補償を決めた。対象は正規・非正規を問わず、派遣を含めた社員で、1人あたり日額上限8330円を助成するという。

 これにSNSや野党から「それだけでいいのか」と批判が上がると、慌てて菅義偉官房長官が厚労省に命じた。

「フリーランスへの補償はどうにかならないか」

 で、急遽3月10日の閣議で個人事業主への1日4100円の助成を決定する。積算根拠は、東京都の最低時給1013円で4時間働いた賃金と同程度とのことだ。とすれば、派遣社員の8330円はその倍の8時間労働を見込んだのだろうか。が、子育てに代替する労働時間に、社員とフリーランスとで違いがあるとも思えない。安倍政権が謳う「同一労働同一賃金」はどこへ行ってしまったのか。いかにもチグハグな対応なのだ。

 休校は首相の「独断」だとされる一方、裏の指南役の存在も囁かれる。それが首相の補佐官と秘書官を兼務する今井尚哉である

 新型肺炎対策に乗り出してひと月半あまり、なぜこのような無茶な政策を連発してしまうのか。長期政権の末期症状を露呈しているかのようだ。いまや政権は内部崩壊の様相を呈している。

◆菅─和泉─大坪ライン

 すでに1月15日の段階で新型コロナ感染者を検疫時に隔離する「指定感染症」と定めた台湾の蔡英文政権に比べ、いかにも日本政府は暢気に構えていたように見える。多くの日本国民が新型コロナウイルスの脅威を知ったのは、台湾に遅れること1週間後の1月下旬だ。だが、日本政府が中国や台湾の動きを知らなかったわけではない。

「武漢の日本企業から新型肺炎の情報があがってきており、少なくとも外務省や厚労省には、危機感がありました。だからこそ1月29日に武漢にチャーター便を飛ばせたのです。しかし、その後がまずかった」

 そう嘆くのはある政府の関係者だ。閣議決定により、首相官邸に新型コロナウイルス感染症対策本部が設置されたのは1月30日のことだ。この翌日には東京高検検事長の定年延長も官邸主導で閣議決定している。

 そのせいで後手に回ったわけではあるまいが、コロナ対策本部は安倍首相を本部長とし、副本部長に菅官房長官と加藤勝信厚労大臣が就いている。事務方としてその下に新型コロナウイルス感染症対策本部幹事会を置き、内閣危機管理監の沖田芳樹元警視総監が議長、厚労省からも医官の鈴木康裕が副議長に就いた。が、幹事会の主眼は治安や安全保障であり、医療分野に関する対策としは機能していない。

 当然ながらウイルス対策は厚労省が担った。だが、その中心となった人物がまずかった。

 官邸官僚の一人である首相補佐官、和泉洋人の寵愛を受けてきた厚労省の大坪寛子・大臣官房審議官だ。国立感染症研究所出身の彼女は、安倍政権の発足に伴って発足した「健康・医療戦略室」の参事官(課長級)に起用され、やがて事務方ナンバー2の次長に抜擢。と同時に厚労省の審議官に出世する。

 もとはといえば健康・医療戦略室は、アベノミクスの成長戦略である先端医療分野の司令塔と位置付けられ、2013年に内閣官房に置かれた。医療行政を担う厚労、大学の医学・薬学・獣医学部を所管する文科、病院や医薬品の輸出を進める経産の3省が集まり構成されている。官邸主導で縦割り行政を排除すると気勢を上げ、鳴り物入りでスタートした。

 その初代担当大臣になったのが、菅官房長官である。

「菅さんは懐刀の和泉補佐官を室長に任命し、さらに和泉さんが大坪さんを次長に引きあげて仕切らせた。菅―和泉―大坪ラインで年間1300億円を超える莫大な予算を差配し、我が物顔で振る舞ってきたわけです」

 大坪といえば、和泉との上司部下を超えた京都や海外出張と、その男女関係が明るみに出たのは周知の通りだ。

 この健康・医療戦略室は、ライフサイエンスや感染症研究を担っている。和泉が、感染症研究を標榜する加計学園の獣医学部新設に口出ししたのも、健康・医療戦略室長だからだ。

 一方、医官の大坪は和泉の“主治医”として重要政策に首を突っこむ。実は官房副長官の杉田和博の脈まで取っているという。

◆クルーズ船にスイーツ

 で、今度のコロナ対策では、和泉の覚えめでたい大坪が厚労省の官房審議官として前面に出て仕切ろうとしたのである。だが、これが初めの躓きだった、と先の政府関係者が打ち明ける。

「大坪さんは、日頃、常に和泉さんの威光を借りて物事を進めてきました。今回もご自分の出身である感染研の医師たちを対策本部や専門家会議に入れて動かそうとした。官房審議官として意気揚々と記者会見に臨んだのですが、それに文科省をはじめ、身内のはずの厚労省まで反発した。彼女を巡る不祥事が次々と表に出るのは、和泉―大坪ラインにいいように牛耳られては耐えられない、という官僚たちの不満があるせいです」

 健康・医療戦略室の担当大臣は菅から2014年に甘利明へと代わり、2019年からは二階派の竹本直一・IT担当相が就任している。二階と菅の密接な関係もあり、菅―和泉―大坪ラインは崩れていないが、担当大臣の竹本がまた頼りない。

 参院予算委員会で立憲民主の石橋通宏議員が「竹本大臣、何かやっておられますか」と問うと、「関係省庁と連絡して議論していきたい」と答弁が迷走。その後3月9日になり、コロナ対策費として45億円の予算を組んでいると答弁をやり直したが、大臣として当事者能力が欠如しているのは明らかだ。別の政府中枢幹部が打ち明ける。

「いまや縦割り行政の打破とは名ばかり。健康・医療戦略室は逆に厚労、文科、経産が大坪女史に対する不平を訴え、それぞれバラバラに動いています。それがコロナ対策にも表われ、まとまりがつかないのです」

 官邸主導といいながら、内実はガバナンスがなっていない。というより、政権の内輪で反目し、権勢を競い合っている。

「もともと健康・医療戦略室は、今井秘書官の肝煎りで経産省の提唱したアイデアです。それを菅―和泉―大坪ラインに牛耳られてきたので、今井さんとしては面白くない。和泉さんとの不祥事に塗れた彼女が、総理の目の前でコロナ対策の説明をしようとすると、『君は下がれ』とまで言う始末でした。

 挙げ句、大坪さんは記者会見に出られないよう、(クルーズ船の)ダイヤモンド・プリンセスの船内で仕事をするようになりました。だが、張り詰めた仕事場にスイーツなどを持ち込んで浮いてしまい、『週刊文春』にそのあり様がすっぱ抜かれてしまいました」

◆麻生は「風邪よりちょっと重い」

 もっとも新型コロナ対策が後手に回り続けてきたのは、厚労省や和泉―大坪ラインのせいばかりではない。厚労省の幹部職員が説明してくれた。

「日本政府は当初、コロナを軽視するような発言をしてきました。麻生(太郎)財務大臣なども国会で『風邪よりちょっと重い病気』なんて言っていたように、インフルエンザより感染力が弱く、致死率はSARSと比べて格段に低いと強調し、騒ぎを広げないようにしたのです」

 日本は中国と異なり、医療体制が充実しているから、あそこまで悲惨なことにはならない。政府はそう喧伝し、マスコミに登場する医療関係者も「さほどの重大事にはならない」と政府の方針をサポートしてきた。

 その上で2月17日、政府は帰国者・接触者相談センターに相談する目安として、「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続いた場合」とした。厚労省幹部に聞くと、そこには次のような本音が隠されているという。

「すでに日本には1万人規模の感染者がいるという分析もあり、皆が病院に行ってPCR検査を受ければパニックになる。検査で陽性になれば隔離・入院を義務付けてきたため、医療崩壊につながりかねない。だから行政検査として保健所でストップをかけ、さらに帰国者・接触者外来以外の検体採取を受け付けないようにしたのです」

 つまるところ、そうして感染者が自宅で自然治癒してくれれば、そのうちコロナ騒ぎが収まるだろうという安易な発想だ。東京五輪を控えた見た目の感染者を減らそうと隠蔽政策をとってきたわけだ。が、それでも増え続けた。

◆中国に近過ぎた男

“首相の振付師”と異名をとる秘書官の今井にも、かなり問題がある。台湾は2月6日に中国全土からの入国を規制。台湾に比べて日本の対応が遅れた理由については、4月に国賓として来日する予定だった中国国家主席の習近平を気遣った結果だとされる。それも、あながち的外れとはいえない。

 日本政府は、中国の新シルクロード「一帯一路」構想に全面協力しているせいで、新型肺炎対応の遅れをとったイタリアと似たような状況かもしれない。外務省の慎重姿勢を覆し、一帯一路構想への協力を進めてきたのが、今井にほかならない。

 韓国などと比べPCR検査の少なさも指摘された。政府は今になって1日4000件から7000件の検査が可能としたが、帰国者・接触者外来でしか検体を採取できないのは変わりない。いまだ政府が管理しようとしている。

 しかし、まともに検査すれば感染が急増するのは自明であり、現実にそうなっている。すべての対策は、読みが甘いという以外に言葉が見当たらない。あるいは遅きに失した感が否めない。

 自民党内ではコロナが問題になり始めた当初、「これで桜を見る会問題が吹っ飛んだ」という不謹慎な声まで飛び交っていた。それだけ政権が緩んでいた証左だろう。

 深刻化する国内の新型肺炎の状況説明も、政府会見も加藤厚労相に任せっきりだった。挙げ句、首相のリーダーシップを疑問視され、2月27日に打ち出した政策が小中校の全国一斉休校にほかならない。インパクトのある政策を発表しなければならない、という焦りとともに、子供を守るといえば、主婦層のウケがいいと安易に考えたのではないか。

 新型コロナの脅威に対し、右往左往するばかりの安倍政権で、首相が最も信を置いているのはやはり今井のようだ。官房長官の菅と文科大臣の萩生田が小中校の全国一斉休校を知ったのは、発表当日のことだという。

「休業補償はどうするんですか?」

 首相官邸に呼び出された萩生田が安倍にそう問いただすと、今井が代わって答えた。

「大丈夫です!」

 だが、むろん休校を発表した時点では、何も決まっていない。案の定、すぐに働く母親たちからブーイングがあがった。そうして冒頭に記したように、場当たり的に休業補償まで閣議決定していったのである。

 安倍内閣では、官房長官の菅ラインと秘書官の今井ラインという二大勢力が、7年を超える長期政権を支えてきた。本来、政権ナンバー2の官房長官と秘書官では立場が異なる。が、首相が絶対的な信頼を置く今井は菅とも互角に渡り合ってきた。

 だが、盤石に思えた政権は一枚岩ではなく、いまや中枢の菅と今井が反目しているといわれる。世界中で猛威を振るう新型ウイルスが、見掛け倒しの政権基盤も瓦解させている。

【プロフィール】もり・いさお/1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。2018年『悪だくみ「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。その他の著作に『官邸官僚』など。

※週刊ポスト2020年3月27日号

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