「平成維新」を経験した大前研一氏が考える都民ファの行く末

「平成維新」を経験した大前研一氏が考える都民ファの行く末

新たな政治ブームの命は短い Rodrigo Reyes Marin/AFLO

 安倍政権に対する不信感は「都民ファーストブーム」を呼び込み、都民ならずとも「これで何かが変わるかもしれない」と期待を寄せている。だが、大前研一氏は「このブームはあっという間に去るだろう」と分析する。

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 早くも、7月の東京都議会議員選挙で圧勝した「都民ファーストの会」の都議に対する疑問の声が上がり始めている。すでに不祥事が取り沙汰されている元自民党代議士秘書をはじめ、55人の“小池チルドレン”の中には相当数のゲテモノ議員が含まれていると思う。

 小池百合子知事は都議選で初当選した新人を対象にした研修会で「スタッフをしもべとして扱わないように」「小さなことが大きな問題になる」などと心構えを説いた。

 政策よりも躾が先、と小池知事も心得ているということだが、ボロが出ないように彼らをコントロールして人気を維持していくのは至難の業だろう。

 そもそも、これまでの新しい政治ブーム、政党ブームは、いずれも選挙1回で賞味期限が切れている。

 たとえば、私が政策集団「平成維新の会」を立ち上げた直後の1993年の総選挙では、「生活者主権の国づくり」という平成維新の考え方に賛同して、日本を変えるための83法案を議員立法で成立させると約束した108人の候補者を政党に関係なく推薦し、そのうち82人が当選した。まさに「平成維新ブーム」が起きたのである。

 ところが、当選した代議士たちは約束を破り、誰も真剣に83法案の議員立法に取り組もうとしなかった。そこで業を煮やした私は「知事連合」や「道州制」による中央集権の打破と真の地方自治を訴え、自ら1995年の東京都知事選挙に出馬したが、「ちゃぶ台をひっくり返してやる」と叫んだ青島幸男氏に惨敗した。わずか2年の間に、平成維新ブームは終わったのである。

 この「新しい政治ブームは選挙1回で終わる」という現象は、細川護煕氏の日本新党の時も、民主党が大勝して政権交代を果たした時も、橋下徹氏の大阪維新の会の時も同じだった。おそらく今回の「小池ブーム」「都民ファーストブーム」も、築地市場の豊洲移転を延期したことによる業者への補償問題や築地市場跡地の再開発問題などで様々なネガティブ要素が出てきて長続きしないと思う。

 現に早くも、豊洲に整備予定だった日本の食文化を発信する観光・商業拠点「千客万来施設」の運営会社の万葉倶楽部が、築地が同様の観光拠点として再開発されたら採算が取れなくなる恐れがあるため、撤退を検討していると報じられている。

 さらに、今後は下手をすると小池チルドレンのスキャンダルが続出し、かつての小沢チルドレンや小泉チルドレン、最近の橋下チルドレンや安倍チルドレンと同じ道をたどり、小池知事の足を引っ張ることになりかねないだろう。

 都民ファーストの会が一過性のブームで終わらないためには、小池知事が明確な実績を作らねばならないが、それは難しいと思う。

 なぜなら、小池知事は大局観と先見の明がある「ビジョン型リーダー」ではなく、思いつきのアイデアで瞬発的に動く「戦術型リーダー」だからである。現在までの「古い都議会自民党」や「問題を隠す役人」を標的にして支持を集めたのは瞬発的な「戦術」であり、それが功を奏してブームを起こしただけなのだ。

 彼女が「戦術型リーダー」であることは、いずれも元の木阿弥になった東京オリンピック・パラリンピックの競技会場見直し問題や築地市場の豊洲移転問題における場当たり的で粗雑な対応を見れば明らかだろう。

 もう一つの大きな問題は、小池知事は知事職が行政の長の仕事だという点を理解していない可能性があることだ。憲法第8章(「地方自治」)は、地方公共団体は国が定めた「法律の範囲内で条例を制定することができる」(第94条)と定めている。つまり、都議会で過半数を占めても、国会と違って何も変わらないのだ。

 しかも東京都議会は、役人が上げてきた議案を10年以上にわたって全く否決していない。極端に言えば、ビジョンと政策があったら、人事権を持つ知事は役人に成案させて予算を付けさせることができる。国会議員を24年間務めた小池知事がそれをどこまで理解しているのか、知りたいところである。

 とはいえ、小池知事が掲げた政策の中にはビジョンらしきものもある。たとえば「都道の電柱ゼロ化」である。ただし、これは電線だけでなく電話線や上下水道管、ガス管なども一緒に地下に埋設する共同溝を建設しなければ防災対策上の意味がないので、莫大なコストがかかる。

 電柱ゼロ化自体には私も賛成だが、東京都の予算だけでは無理だろうし、都道だけ単独でやってもあまり意味はない。都内の容積率を大幅に緩和してブロック単位で高層化し、新しく入ってくる住民が住宅を購入することで費用を負担してもらう。その工事と一緒に地下の共同溝も埋設するかたちで街を造り直すことが重要だ。

 これならば、外部経済=民間の資金によって賄うことができる。PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ=公民連携)の考え方である。

 その際は、共同溝の建設だけでなく、軟弱地盤の強化、非常用の電源設備や食料・水・医療品などの備蓄も含めて、都民の税金を極力使わずにやるべきだと思う。

 電柱をゼロ化するということは、「都市を造り直す」ということであり、それを東京全体でやろうと思ったら100年、都心部だけでも40~50年はかかるだろう。この壮大なプロジェクトを進めるためには、ビジョンに「エコノミクス」を加え、財源の裏付けがある具体的政策にしなければならないのである。

 そこまでの大きな構想力が小池知事にあるのかどうか。それがこれから問われることになるだろう。

※SAPIO2017年9月号

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