靖国神社元幹部「中曽根首相参拝の時は閑散としていた」

靖国神社元幹部「中曽根首相参拝の時は閑散としていた」

当時は8月15日も静かだった

 靖国神社元ナンバー3(禰宜)の宮澤佳廣氏が上梓した告白本『靖国神社が消える日』(小学館)。「靖国神社を宗教法人でなくし、国家護持に戻すべきだ」といった主張が議論を呼んでいるが、その一方で同書には、これまで知られてこなかった靖国神社をめぐる秘史が書かれている。著者の宮澤氏が、中曽根首相の参拝時のエピソードを紹介する。

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 私と靖国神社との出会いは、昭和60年に遡ります。この年の8月15日、中曽根康弘首相による初の靖国公式参拝が行われました。その日は、それから21年後に訪れる小泉首相による終戦の日の、あの劇場化した靖国参拝とは比較にならないほどに長閑な光景が広がっていました。左翼活動家の「公式参拝反対」のシュプレヒコールも、拡声器などは用いずに、それこそ地声のままでしたから、喧騒といった印象はまったくありませんでした。

 当時、神社本庁の関連団体である神道政治連盟の職員だった私の役割は、この公式参拝の一部始終を記録することにありました。当日、武道館で開催された「全国戦没者追悼式」に出席した中曽根首相は、しばらく休憩したのち、公用車で靖国神社に向かい第二鳥居前で下車、徒歩で神門をくぐり内苑の参道を直進しました。拝殿で記帳を済ませると首相は本殿に進み、事前に供えられた生花の置かれた階に立って深々と拝礼したのです。

 参拝に際しては、一般に用いられる「玉串料」ではなく「供花料」の名目で3万円が公費から支出されました。

◆警察官から羽交い締めに

 内苑の参道沿いには遺族が整列していましたが、その背後で数人の左翼活動家が「公式参拝反対!」と叫びはじめました。それを目撃した私は、すっかり職務を忘れて活動家に向かって突進していました。

 今となれば笑い話ですが、気づけば、私自身が背後から警察官に羽交い締めにされていたのです。若気の至りと言ってしまえばそれまでですが、ここで私の武勇伝を披露しようというわけではありません。

 靖国神社の巨大な門の内側を「内苑」と呼びますが、初めて行われた首相の公式参拝当日の靖国神社の内苑は、その程度の混み具合だったということです。活動家を全力で追い回せるほど閑散としていたのです。

※宮澤佳廣氏・著/『靖国神社が消える日』より

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