国会記者クラブの食堂が暴力団の資金源だった疑惑浮上

国会記者クラブの食堂が暴力団の資金源だった疑惑浮上

出回った破門状

 暴力団関係者との交際を厳しく禁じた「暴排条例」によって、暴力団が経済活動に関与するのは難しくなった。それでも暴力団側は重要な資金源を維持するために、当局に把握されないような形をつくろうと必死になる。その結果、誰が本当の暴力団組員かの判別ができなくなる事態が生じている。このグレーゾーンの闇が、なんと中央官庁をも飲み込む重大問題に連なっていた。フリーライターの鈴木智彦氏が、驚愕の事態について報告する。

 * * *
 今年10月、六代目山口組の傘下組織である淡海一家(本部は滋賀県。高山義友希総長)から一通の書状が送付された。友好関係にある暴力団組織宛で、暴力団社会ではどこにでもある、ごくありきたりな「破門状」だ。

〈謹啓 時下御尊家御一統様には益々御清祥の段大慶至極に存じ上げます〉

 差出人は淡海一家の若頭。ヤクザらしい仰々しさではじまる文章は4人の実名を挙げ、〈九月二十一日付を以って「破門」致しました〉と続いていた。

 その筆頭に京都市在住のH氏の名前があった。ヤクザ界の常識では、破門状が出た事実は、「その直前まで当該人物が組織に所属していた組員」だったことを意味する。こうした書状が暴力団員の認定に利用されることもある。本来、傘下団体組員の破門騒動が話のネタになることはない。が、今回はその背景が極めて特殊だったことから、ヤクザ界の外にまで情報が広まった。

「驚いている。Hは京都では名の知れた実業家だ。京都市内のパチンコ店の警備から事業を拡大し、いまや人材派遣などにも手を広げ、関西の政治家や芸能人にも顔が広い。そうした人々は、Hがヤクザだったと知って付き合っていたとは思えない」(京都の事業家)

 いまどき、六代目山口組系の現役組員が、京都市内で法人を経営していただけでもあり得ない話だ。が、当該法人の登記簿には、たしかにH氏の名前が代表者として載っている。

 H氏は不動産管理・企業コンサルタント会社の代表取締役社長を務めており、さらに傘下に警備業、人材派遣業などグループ8社を抱えている。

 H氏の交遊録は、本人のフェイスブックを閲覧するとすぐに分かった。公開範囲は「友達限定」となってはいるが、そこには歌舞伎役者の楽屋を訪れた写真や、格闘技イベント主催者とのやり取りが載っていた。

「門川大作・京都市長は頻繁にブログを書き、出会った人らと撮った写真を掲載しているが、そこにもHの写真がある」(京都の事業家)

 市長のブログを見ると、市長とH氏は2度面会していることが確認できる。H氏は著名格闘家やNPO法人の理事長らに同行して市長を訪問。市長のブログには、〈H会長もご同席下さいました〉と名前まで載っていた。いずれもYという市議が一緒だった。京都市に確認すると、こう説明した。

「実はこの(破門状の)件で、地元の新聞社からも問い合わせがありましたが、我々としては非常に迷惑な話です。HさんはY市議から申し出があって同席されただけで、我々はどういう方か全く存じ上げていませんでした。ただし今後は面会と紹介については気をつけていかないといけないと考えております」(京都市担当)

 Y市議にも取材を申し込んだが、返答はなかった。

◆官公庁の食堂経営

 この破門状をめぐる“波紋”はヤクザ界にとどまらなかった。

 H氏は2015年3月まで、Nという東京を拠点とするレストラングループの経営に携わっていた。『会長』の肩書きの名刺を持ち歩き、H氏が代表を務める京都の会社の役員が、N社の役員にも名前を連ねていた。H氏の説明によれば、「買収したが、儲からなかったから売ってしまった」のだという(H氏の説明の詳細は後述)。

 N社は、H氏が“事実上のオーナー”だった時期に、国会記者会館、高等裁判所、総務省、町田市役所といった官公庁内に食堂を出店していた。

 首相官邸に隣接する国会記者会館(運営は衆議院)は国会記者クラブが常駐し、国会議員も食堂を利用することがある。高等裁判所にいたっては暴力団の違法行為が裁かれる場所だ。

 件の破門状をヤクザ界の常識に則って解釈するなら、そうした官公庁の施設が、暴力団の資金源になっていた可能性さえ出てくる。

 現在、N社を受け継いだ会社は、H氏との関係を一切否定しており、「H氏が事業に関与していた事実は全く承知していなかった」(衆議院事務局管理部管理課)など、各所も事実確認に追われている。

 話が大事になってきたので、破門状の真偽を確認することにした。暴力団という属性が、一般社会で決定的なマイナスになる現在、暴力団関係者かどうかの見極めには細心の注意を払う必要があるからだ。淡海一家の関係者に問い合わせると、こう説明した。

「その破門状はたしかにうちが出したものだ。高山総長が淡海一家を結成する前年の2002年に、京都にあった料亭で盃をした。自分も同席していた。高山総長が兄、自分とHが舎弟という“兄・舎弟盃”だった」

 ヤクザの盃事には、儀式の実際を進行する媒酌人が存在する。その媒酌人を務めた人物にも問い合わせたが、「高山総長とH氏の兄・舎弟盃をしたのは自分で間違いない」と証言した。前出・淡海一家関係者はこうも証言する。

「4~5年前まで、私がHから月会費をもらい、淡海一家に届けていました。舎弟の会費は30万円だったけど、弘道会から買ったミネラルウオーターの割り当てがあって、31万数千円と半端な額だったことを覚えている」

 さらに取材を進めたところ、この破門状が複数の山口組系暴力団事務所に届いていたことも判明した。

◆「暴力団員だった事実はない」

 そうした証言を、H氏に当ててみた。自宅を訪問すると、インターフォン越しに当人が「後日、会社で説明します」と返答した。

 翌日、京都市内にある会社の応接室で、にこやかに我々を迎えたH氏は、「自分が暴力団組員だった事実は絶対にない」と断言した。

「破門状は私に恨みを持っている人間が出した怪文書じゃないですか。そもそも(破門状に名前がある)若頭とは1、2回ほどしか面識がないし、出される筋合いがない。(総長の)高山さんと昔は仲が良かったのは確かです。一緒にゴルフに行ったりもしました。とはいえ、10年ほど会ってません。盃の真似事をしたことはありますが、知り合いにいきなり(料亭に)連れて行かれて『形だけだから酒を飲もう』と言われただけ。騙し討ちの盃ですよ。

 そもそも当時は高山さんもヤクザになる前でカタギでした。カタギの舎弟になったところで、(暴力団員という)理屈は成立しないじゃないですか。10か月ほどいくらかお金を払って企業舎弟のようなことをしていたことはあるけど、それも暴排条例の前、今はアウトになるからやっていません。会費なんて払っていない。この件の対応はすべて代理人の弁護士に一任しています」

 後日、代理人弁護士は改めて書面でこう回答した。

「Hの人権を守るために、法的措置を講じ、すでに当該機関に受理され着手しております。Hは過去にも、また、現在も、淡海一家なる暴力団に帰属したことはありません。この事実は、10月下旬に当職らが京都府警察本部組織犯罪対策第二課を訪問し、その旨を主張するとともに、同課職員からHに対し、『同組に所属した事実はない』旨の確認を頂いております」

 京都府警の同課に確認すると、代理人の発言が事実かどうかも含めて「答えられない」という。H氏は暴力団員だった事実はないと言いながら、“企業舎弟のようなこと”をしていた過去は認める。

 かつて企業舎弟なる存在は暴力団と持ちつ持たれつの関係にあったが、暴排条例以降は暴力団と関係を結ぶメリットがなくなり、リスクだけが増していく。暴力団と距離を置くようになった、というH氏の説明は自然ではある。

 反対に暴力団員という属性が、決定的な社会的マイナスとなった現在、暴力団自身が反目する人物をマスコミに売り、「あいつはヤクザだ」とたれ込んでくるようになった。ヤクザらしい卑劣なやり口に閉口させられるが、警察でさえ個人の「暴力団認定」に手こずっている現状では、H氏が暴力団員だったのか否か、当事者の言い分は平行線だ。H氏は「隠れヤクザ」だったのか、それとも「ヤクザに売られた」のか、真相を見極めるのは困難だ。

 H氏のような実社会と暴力団社会の“狭間”に位置する存在によって、国会や裁判所と暴力団が逆に“接近”するというあり得ない事態が起きている。

 山口組分裂抗争によってシノギ(資金獲得活動)への締め付けが強まる今、さらにこうした事例は増えていくだろう。もはやヤクザとして生きるメリットは、社会のどこにもない。

●すずき・ともひこ/1966年北海道札幌生まれ。『実話時代』の編集を経てフリーライターへ。『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)など著書多数。『全員死刑』(小学館文庫)は実写映画化され、全国劇場公開中

※週刊ポスト2017年12月8日号

関連記事(外部サイト)