橘玲氏 ゴーン氏は日仏「国家vs国家の謀略」に巻き込まれた

橘玲氏 ゴーン氏は日仏「国家vs国家の謀略」に巻き込まれた

話題の本を橘玲氏はどう読んだ?(時事通信フォト)

 日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン氏の肉声を10時間以上にわたって保釈中に聞き出していたのが元東京地検特捜部検事の郷原信郎氏である。その記録が『「深層」カルロス・ゴーン氏との対話』(小学館刊)としてまとめられた。橘玲氏(作家)は2人の対話をどう読み取ったか。

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 日産だけでなく日本の組織はすべてそうでしょうが、権限と責任を明確にしません。その結果「無限責任」になってしまい、いちど失敗したらどこまで責任を問われるかわからない。

 これはものすごい恐怖なので、身を守るためには誰も責任を取らない「無責任社会」をつくるしかない。これは企業だけでなく、日本のすべての組織が持っている体質です。

 日産がバブル崩壊後の1990年代に経営危機に陥ったとき、経営と労組は相手に責任を押しつけようと、えんえんと罵り合っていました。そんななかゴーン氏が現われ、「俺が全部決める」と宣言した。誰かが決めなければ組織は前に進めません。毀誉褒貶あるにせよ、あのときに彼がいなければ日産は潰れていたでしょう。

 ゴーン氏が追放された経緯もきわめて日本的で、日産幹部が経産省と謀議し、検察に「国策捜査」をもちかけ、官邸にも話を通したと考えるのが自然です。そうして誰も責任を取らずに済む状態をつくった。

 経産省はクーデターの謀議を認めないし、検察はたんなる金融商品取引法違反と特別背任だというでしょう。首相や官邸は、「そんな話はいっさい知らなかった」で済ませばいい。

 とはいえ、政権幹部が「この捜査はおかしい」と言い出せばすべてひっくり返ってしまうのですから、ゴーン氏が出来レースを疑うのは当然です。もちろんフランスも、ルノーと日産の統合を国策で進めていたわけで、そういう意味では国家vs国家の謀略に巻き込まれたともいえます。

 しかし、そうやって日本政府が必死に守ったところで、日本の自動車メーカーが10年後に残っている可能性がどれほどあるでしょうか。

 日本が国の総力を挙げても小型ロケットをようやく打ち上げることしかできないのに、イーロン・マスク氏はスペースXで大型ロケットを次々と打ち上げながら、テスラで電気自動車をつくっている。その圧倒的な技術力を見せつけられると、日産どころかトヨタやホンダですら対抗できるかどうか疑問です。AIによる自動運転と電気自動車が実用化し、急速に普及すれば、日本やドイツの既存の自動車メーカーはすべて脱落していくのではないでしょうか。

 そう考えれば、ゴーン氏追放の影響はじつはそれほど大きくないことがわかります。イノベーションなき製造業は、どちらにせよ生き残っていけないわけですから。

●橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。小説『マネーロンダリング』(デビュー作)や『タッスクヘイブン』のほか、『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』など著書多数。

※週刊ポスト2020年5月1日号

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