40代現役派遣介護職員が明かす「コロナ禍の介護現場」の実態

派遣の40代女性介護士が介護現場の実態明かす 「コロナでさらに介護現場は崩壊」

記事まとめ

  • 介護派遣で西多摩地区の有料老人ホームで働く40代女性が、現場の実態を明かしている
  • コロナの影響で人手がさらに減り、「介護現場は崩壊している」という
  • 「常勤の人は大変です。違法な残業という次元を超えてます」と女性は語っている

40代現役派遣介護職員が明かす「コロナ禍の介護現場」の実態

40代現役派遣介護職員が明かす「コロナ禍の介護現場」の実態

どんなときも介護は続く(イメージカット=時事通信フォト)

 新型コロナウイルスの感染拡大への警鐘が叫ばれ始めたころ、高齢者ほど発症しやすく死亡率が高いことから、若い世代との分断への危惧についてよく論じられた。最近、世間が注目する分断は「自粛警察」などへと興味が移っているが、高齢者やその介護を仕事とする人を排除しようという雰囲気は消えていない。仕事や人生がいまひとつうまくいかないと鬱屈する団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアを「しくじり世代」と名付けた『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏が、今回は、派遣で介護士として働く40代女性の決意についてレポートする。

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「私は派遣ですけど、常勤の人は大変です。違法な残業という次元を超えてます」

 介護派遣で西多摩地区の有料老人ホームで働く白石まゆみさん(40代女性・仮名)とは八王子駅南口の喫茶店チェーンで待ち合わせた。介護士という激務に追われるなかでもおしゃれを忘れない白石さん、小柄で年齢よりずっと若く、私と仕事をしていたころと変わらない。実は彼女、2000年代にオタク関連の商業誌で何年かイラストを描いていた。いまも同人活動は細々と続けているが、本業は介護士で両親と暮らしている。私の編集長時代、白石さんとはオタク話ばかりだったがこんな真面目な話をする時が来ようとは思わなかった。

「コロナでさらに介護現場は崩壊してます。とにかく人がいない。訪問介護なんか回りきれないくらいと聞いてます。とくにパートに頼ってる生活援助系は大変でしょう」

 介護士の人手不足などはいまに始まったことではないが、コロナの影響でさらに減ったそうだ。訪問介護はあちこちの家を回り、簡単な身の回りの世話をする。買い物や掃除、洗濯、食事の支度など、家事全般を代行する形だ。

「お年寄り、とくに女性の一人暮らしだとペットボトルや瓶の開封も難しいんです。脳梗塞とかで少し障害の残る方ならなおさら、だから一度あけて緩めておいてあげたり、包丁とか菜箸とかも取りやすくぶら下げたり、とても気を使います」

 もちろん白石さんはこうした訪問介護の経験もある。以前はさまざまな施設、福祉サービス会社を転々とした。現在は施設の派遣介護職員だ。

「派遣のイメージって悪いですけど、介護に関してだけは違うんです。常勤でバリバリやりたい方や福祉に命をかけるほどの方は別ですが、変な言い方ですけど責任もそれほどでもありませんし、残業もありません。細々とした雑務もなく、決められた時間内で現場の仕事に集中できます。常に派遣会社が間に入ってくれますし」

 派遣とつくとろくな印象がないかもしれないが、私も白石さんに同感で、福祉の仕事に関して言えばライフスタイル次第だが派遣はありだ。派遣会社に当たり外れはあるが、介護職でもっともつらい奴隷のような残業と理不尽な雑務、そして責任から開放される。「ありがとう」の言葉と「尊い福祉の仕事」の名の下、やりがい搾取に遭ってきた介護職、しかしそれが派遣になると派遣会社のほうが、介護士のほうが強気に出られるのだ。一般的な派遣は「誰でもいい」「代わりはいくらでもいる」人を扱う仕事として、どうしてもクライアントに強く出られない。つまり派遣登録者、派遣社員に我慢しろ、嫌なら来なくていいができる面があるが、福祉に関しては超売り手市場なので派遣会社も対等に出るとこ出られる。福祉職のストレスは下の世話やら日常業務などではない、人命に対する過度の責任、時間外労働という、福祉の名の下にまかり通るパワハラだ。もっとも、いずれにせよ賃金は安い。労働環境がブラックなのは変わりはないが、それはもう日本の福祉行政の構造的な欠陥の話となる。

「そうなんです、ただでさえいない人がさらにいない。コロナが怖いのと自粛でしばらく休むって人ばかりです」

 訪問介護は、パートや派遣で主婦の空いた時間を他人様の家事労働に割り当てるような配分で働いている人が多い。生きるか死ぬかのコロナの中、わざわざ安い時給であちこち飛び回りたくはないだろう。

「私の施設の話に戻しますけど、うちもそんな感じでまったく回ってません。派遣の私は日常介護に走り回るだけですけど、常勤の方々は悲惨です。若い独身者の中にはゴールデンウィーク前からずっと連勤の人もいますね」

 介護施設の仕事は多岐にわたる。家族との折衝や医療、保険関係の雑務、事務、社会福祉士やソーシャルワーカーになれば現場は免除されて事務方に専念できる、なんてことは老人介護施設に限ればほとんどない。介護福祉士と同じ現場仕事をこなしながら、事務仕事が増えるだけの話である。

「コロナ対策はその辺の飲食店と変わりないんじゃないかな……病院みたいに防護服ってわけないですし、マスクに手袋、アルコール消毒、検温、普段と変わりないですね。職員だって日常生活はあるわけで、コロナがいつ持ち込まれてもおかしくないですね」

 その辺はインフラや生活必需品を扱うエッセンシャルワーカーたちと同じだが、ひとつ違う点がある、白石さんが扱うのは大量の老人だ。年齢的にも基礎疾患が心配される。

「コロナでなくともインフルエンザや肺炎、敗血症に罹ると簡単に命を落とします。高齢者だからしょうがない、寿命だろと外野は言いますけど、職員はどんな高齢者であろうとひとつの命をあずかる立場なわけで、そんなことは言ってられません。ましてやコロナで施設内が集団感染なんてことになったらしばらく閉鎖です。行き場のない高齢者もいます」

 コロナが発生した施設の老人ともなれば陰性であってもあずかる病院は限られる。かといってホテル暮らしできるような五体満足でもない、そんな老人が介護施設にはあふれている。コロナという歴史的な疫病は、日本人が見て見ぬ振りをしてきたすべてを顕在化する。

「もちろん差別はありますよ、医療関係の方は差別されても応援がありますけど、介護職はあまり聞かないですね。施設のお爺ちゃんお婆ちゃんも私たちも、いつも社会の「のけもの」って気分になります。何も出来ない人や食い詰めた人でもできるってイメージ、すっかり定着しましたもんね」

 白石さんもそうだが、介護の人は夜勤や待機が多いからかネットにすごく詳しい人が多く、また敏感な印象だ。介護がどれだけ職業マウントのヒエラルキーの最下層に置かれているか。私はネットの悪意など気にするなと常に言うが、介護については別で気にするのも当然、ネット全般この20年ひどすぎると思う。

「お爺ちゃんお婆ちゃんだって人間ですからね、優しかったり気難しかったり大変ですけど、いろんな人生を歩んできたんです。戦争経験者だってまだいますよ、お国のために、死ぬために訓練してたら終戦だったってお爺ちゃんもいますし、被爆者のお婆ちゃんは原爆生き残ってピンピンしてる私を見れば安心だよなんて言ってくれます」

 私の去年死んだ父も長崎の被爆者で、生後半年で爆心地から1.5km圏内(被爆手帳の記載による)の西山地区で被爆した。最終的に全員死んで、父だけ生き延びた。よく生きてたものだと思うが、中学卒業後に東京でペンキ屋を始め、家を建て、結婚して私が生まれた。バブルのころはベンツ560だハーレーFLHTCUだと羽振りのいい時期もあった。あんな地獄から平凡な人生を全う出来たのは高度成長のおかげもあるだろうが、おかげで私は人間の人生を楽観的に見ている。「人間生きてりゃどうとでもなる」は父から教わった。「でもネットは本当にひどいですよね、高齢者が全滅すればとか、底辺介護士ごと施設爆破しろとか、ネタでも同じ人間が書いてるかと思うと相模原の男なんじゃないかと怖いです」

 相模原の男とは津久井やまゆり園の事件の男のことだろう、あれは知的障害者施設だったが、人間に余裕がなくなると社会的に弱い者に矛先が向くのは世の常だ。優勢思想は公正世界仮説の中でもっとも悪しきバイアスだ。コロナという誰もが死に至るかもしれない未知の疫病は、容易に人間を怪物にする。ネットのすべてがそうではないが、本当に信じられないくらいヤバい連中がいるのは事実だし、そんなやつが本当にいることを自粛警察、それもリアルで張り紙やら嫌がらせで行動する連中の跋扈が、ある意味コロナが教えてくれた。

「うちの施設は山の中なので嫌がらせはなかったけど、市街地の施設は大変だったと聞きます。だから出入りもこっそり、施設の人ってわからないように気をつけてたそうです」

 病院ほどの出入りはないが、いつ、コロナをばらまくなと変な張り紙や文句が来るとも限らない。一番自粛していたころは面会も禁止、慰問の歌手や芸人もキャンセル、散歩も施設の庭だけと徹底したそうだ。

「お花いじりとか、野鳥を見たり、日野さんもあちこちで教えてらっしゃるでしょうけど、俳句を詠んでる方もいます。でもやっぱりみんな家族に会えないとさびしいみたいで、とくに母の日はかわいそうでした」

 白石さんの施設もオンラインで家族に会えるように設置したそうだが、やはり高齢者にとってスキンシップのない会話は味気ないようだ。私の俳句の生徒も大半は人生の大先輩の方々だが、もう三ヶ月会ってない。個々のケースに限らず、多くの日本人が、それぞれに好きな誰かと会えていない。寄り集まって結束する天災と違い、疫病は人と人とを分断する。疫病は孤立と孤独の恐怖でもある。

「私ですか? 仕事はやめません。派遣ですからキリのいいところで休んでもいいんですけど、私は家にいるより気が楽ですね、施設のお年寄りの方々とお話してるほうが楽しいです。みなさんが思ってるより、みなさん根性ありますよ、80歳超えてますからね、90歳どころか100歳もいます。やっぱり戦前の人って凄いですよね、修羅場の数が違います。だから私、この仕事がなんだかんだで好きなんです」

 たしかに戦前生まれの老人は気骨が違う。とくに90歳を越えた方々は違う。年の功もあるだろうが、私たち戦後の生半可な連中とは別の日本人だったのではと思わされる。何しろ戦争に負けたことのない日本最強時代に生まれた方々である。幼少期、青春期をそんな日本で過ごした方々にとって、あの敗戦に比べれば何もかもたいしたことがない、まして焼け野原の島国をこんな大国に復活させた当事者たちである。そんな彼ら彼女らに対する尊敬も、彼女を介護士として支えているのだろう。現状、自粛ムードは一段落し、介護施設の中には送迎サービスを再開したところもあるようだが、致死率の高い高齢者は予断を許さない状況に変わりない。決意も新たに高齢者介護に取り組む白石さんもまた、気骨の人である。大禍は個々人本来の人間性をあぶり出す。

 コロナ禍は地獄だ。これからもコロナそのものだけでなく、経済的に、精神的に多くの人がこの世を去るだろう。だがいまや施設の老人たち、彼ら彼女らの敗戦と復興を成し遂げた姿を思えば、私たち同じ日本人に出来ないはずがないと思うのだ。白石さんとはそんな近代史の話でも盛り上がったが、そう、日本は何度も立ち上がった。私たちも立ち上がれる。くだらない分断と悪意に耳を貸さず、いまは施設でひっそり暮らす、名もなく誇り高き戦前の大先輩たちと同じようにこの歴史を乗り切ろう。

●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本福祉大学卒業。日本ペンクラブ会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。近刊『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。

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