都知事選、ある泡沫候補の政見放送 笑ってはいけなかった箇所

都知事選、ある泡沫候補の政見放送 笑ってはいけなかった箇所

現職小池氏の圧勝に終わった(時事通信フォト)

 ネット世論なるものが認知されるにしたがって、選挙の性質も様変わりしている。コラムニストのオバタカズユキ氏が都知事選を振り返った。

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 もう1週間が経つのか。あっけなく終わった東京都知事選だった。選挙期間中は緊急事態宣言こそ解除されていたが、まだまだ自粛ムードでピリピリしているコロナ禍の最中。後半、それまで落ち着いていた東京の新規感染者数がまたぞろ急増したことで、「もしや批判票が動くか」と数ミリだけ思った。けれどもそんな私の期待など何処吹く風で、小池百合子が得票数366万票、得票率59.70%で圧勝した。毎評判通りだった。

 小池知事のコロナ対応は決して誉められたものではなかったと思うのだが、ヒトは非常時の変化を嫌うということだろうか。対抗馬としてロクな候補がいなかったという意見もある。たしかに2位となった宇都宮健児の左翼ぶりは古臭すぎてもううんざりと思ったし、3位の山本太郎はいまだに色物として見られていた気配がある。いずれにせよ、一強他弱すぎて盛り上がりようがなかったことは確かである。

 ただひとつ、この選挙で私が気になった候補者がいる。トランスヒューマニスト党の後藤輝樹(ごとうてるき)という37歳の候補だ。ご記憶に残っているだろうか。

 政見放送での紹介は、「皇歴2642年12月8日降臨爆誕、9連続落選、輝樹塾塾長、輝樹教教祖、カリスマ、革命家、愛国者、救世主、神様、変人などなど」というものだったが、都知事選の泡沫候補の中によくいる完全に頭のネジが飛んじゃっている人、では、たぶんない。ネットでけっこう話題になったのは、そのNHKの政見放送の内容ではあるものの、話が支離滅裂で、電波が飛びまくりとか、そういう類のものではない。

 以下、政見放送をちょっと再現してみる。

 まず後藤は、満面の笑みで視聴者に向け両手を振ったかと思うと、黒いセーターを脱ぎながら、〈世間がなんぼのもんじゃい。常識がなんぼのもんじゃい〉と喋り始め、次に「ちんこ主義」と胸に書かれた白Tシャツを脱ぎつつ、〈NHKがなんぼのもんじゃーいー!〉と言い放った。

 そしてズボンを脱ぎながら、〈国家権力〜、国家権力〜、国家権力クソ食らえ〜〉と歌い、こんどは紙おむつ一丁の姿で机の上に立ちあがり、〈生レバー、食べるよ〜ぅ、国家権力クソ食らえ〉と後ろを向いて紙おむつのおしりを突き出すと、ちょうと肛門があるあたりの丸い大きなシミを見せた。かなりリアルなお漏らしうんこのような茶色いシミだった。

 なんだ、これ……。夜中のNHKで初めて彼の存在を知った私は、当初、これを自分の中でどう位置づけていいかわからず、戸惑った。

 観ているこちらを笑わせにかかっているのはわかるのだが、クスッともプッとも来るわけじゃない。かといって、前述したように電波系ではなさそうで、ヤバい感じもない。話の内容はいちおう筋が通っているのだが……どこか不快だ。

 後藤候補曰く、〈私が今回の都知事選に立候補した理由は、3年前のR1グランプリ、アキラ100%さんの優勝がきっかけです。4年前の都知事選、私の政見放送、「ちんちん」と発言したことで放送禁止になってしまいました〉と。〈服を着ていた私が禁止で、ふるちん全裸のアキラ100%が地上波で放送、おとがめなし〉なのは理不尽にすぎるのでは、と。

 ついには、机の下で紙おむつまで脱いでしまい、こうも言っていた。

〈私の政見放送は「きんたま」すら放送禁止用語にされました。なのにNHKさん、玉袋筋太郎などという世にも奇妙な名前のタレントにレギュラー番組を与え、NHKで玉袋を露出させています。ビートたけしの玉袋は放送したくせに、後藤輝樹の玉袋は放送禁止。それから、まんぺこー、も放送禁止になりました。(中略)私が作った造語です。なのにNHKさん、『マンピーのG☆SPOT』などという明らかにいかがわしいタイトルの曲をジャニーズ事務所の二流とも三流ともつかないタレントにNHKで歌わせています。桑田佳祐のマンピーは放送したくせに、後藤輝樹のまんぺこは放送禁止。こんな不公平なことがあっていいのでしょうか〉

 4年前の2016年に立候補した際の都知事選の政見放送をチェックしてみると、たしかに無音削除だらけだった。音が消された部分は、ほぼすべて男性器と女性器のさまざまな俗称。お前は下ネタ好きの小学生か!とつっこみたくなるほど繰り返し連呼し、それらがいちいちカットされている。ぜんぶで80カ所以上あったという。

 なぜ、そんなに性器を連呼したのか。それについては、白Tシャツにあった「ちんこ主義」に基づくもののようだが、さほど深い話には思えないので説明は割愛する。ただ、今年の政見放送の後藤候補はいたって真面目に、こんなふうにも言う。

〈実を言いますと、私は下ネタは嫌いです。家族と見ていて気まずい思いをしたことを、私も何度もあります。しかし、これは政見放送です。ふざけてやっているわけではございません。命をかけて真剣にやっております。日本社会に漂う閉塞感、無関心、無責任。ほんの少しでも政治や選挙に興味を持ってもらいたい。なので、あえて道化を演じています〉

 やっていることは今回だって放送禁止スレスレ。けれども、根っこは意外に真面目だからということだろうか。選挙期間中、ネット上では基本好意的に話題の人とされていて、開票結果でも全22名中の8位、得票数は約2万2千票だった。あのNHKをぶっこわせの立花孝志候補の半分近くの票を獲得。『週刊実話』ではあるが、〈今後につながる出馬だった〉と評価するマスコミまであった。でも、そうやって好意的に見るのって、どうなの? ちょっとおかしくないか?

 後藤輝樹のオフィシャルサイトを見ると、その政策提言や思想は極右と重なるようなところあるのだが、それは横に置く。純粋に、上記した今回の政見放送のみでの評価なのだが、私の感覚では、これは問題大ありだと思う。なぜ炎上しなかったのか、炎上して当然ではないだろうか。

 問題は何か。それは紙おむつである。加えて、お漏らしうんこ状のシミをつけたことである。なにが言いたくてそんなことをしたのかは不明なのだが、ただ単純にウケを狙ったのだろう。その浅はかさが、実に残念だ。

 なぜって、どうして想像できなかったのだろう。大人の紙おむつっていうのは、仕方なくするものだ。人によっては、自分の尊厳を大いに傷つけられながら、しかし、病気や障害などでそうするしかないので紙おむつをはく。

 要介護の高齢者とてそうだ。認知症の人でも、紙おむつに抵抗を覚える人は多い。やはり尊厳に関わるからだ。そこに「お漏らし」しても、ケアスタッフに隠してしまう人も少なくないと聞く。他の誰かに下の世話を喜んでしてもらう人などいないからだ。そうなってしまった自分というものは、なかなか受け入れがたいのだ。

 当事者の家族だって複雑な気持ちである。高齢だから仕方ない、と簡単に割り切れるものではない。語弊のある言い方かもしれないが、紙おむつを使うには、壊れていく親を直視する必要がある。自分を育ててくれた親という像を、別のものに描き変える必要がある。それは悲しく、辛い経験だ。

 政見放送を見た人の中には、当事者もその家族も大勢いたはずである。後藤候補はほんの少しでも、そういう目線のあることを想像しただろうか。していないから笑いネタにできたのだろう。若いから仕方ないか。否、その程度の想像力のない人は、泡沫候補だろうが政治家を志してはいけない。

 公職選挙法には、「NHKおよび基幹放送事業者はその政見をそのまま放送しなければならない」という決まりがある。また、「他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない」との制限もある。

 紙おむつもシミも、法的制限にはひっかからないだろう。でも、ダメなのだ。どうしても裸になりたかったのなら、それこそアキラ100%のように、お盆でも持ってふるちんで自分を表現すれば良かったのである。

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