「次のバッシング先になるのは嫌だな」タクシー運転手は呟いた

「次のバッシング先になるのは嫌だな」タクシー運転手は呟いた

新宿、とくに歌舞伎町はタクシー利用者が多い街だった

 タクシーは災害に強い。地震や台風で列車や地下鉄が止まっても動き続け、2011年の東日本大震災では多くの人が自主的に乗り合いしてまで利用した。さかのぼると、1923年の関東大震災でも唯一、動けた公共交通機関として重宝された記録がある。だが、新型コロナウイルスに直面しているいまは、なかなか強みを発揮できない。俳人で著作家の日野百草氏が、今回は、新宿を中心に走る50代タクシー運転手に、現在の利用客の様子やこれからについて聞いた。

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「次はどこが叩かれるんでしょう、まさか私たちじゃないでしょうね」

 新宿歌舞伎町の深夜2時過ぎ、花道通りで拾ったタクシー運転手の新村さん(仮名、乗務員証とは別)とひとしきり雑談。自宅は多摩の田舎で遠いので高速に乗ってもらう。それなりの長距離、新村さんもありがたいと喜んでいた。自然と話が弾む。

「だって私たちもコロナ運んでるかもしれないでしょ?」

 新村さんは新宿を中心に走っているという。とくに歌舞伎町は稼げる場所だった。過去形なのは、もう全然稼げないからだ。

「いまはコロナ前の5分の1くらいですね、緊急事態中で酷い日なんか10分の1だったかな、乗るだけ無駄でした」

 新村さんの会社はある程度の保障があったので助かったという。他社だが緊急事態宣言のさなか、中堅タクシー会社が600人の解雇を発表、のち撤回したことは記憶に新しい。

「うちも慌てた連中が会社に詰め寄ったみたいで、クビかになるのか、補償はあるのかって。うちはちゃんとしてくれたけど、あの事件は人ごとじゃないです。街にろくに客なんかいないのは、走ってる私たちが一番わかってますから」

 それでも新村さんは走らざるを得ない。タクシー会社も減車には消極的だ。

「だって歩合で食ってますからね、走らないよりはマシです。それに会社だって稼げる運転手に辞められても困るし金も回らない。仕事に困ったらタクシーなんて言われますけど、まともに続く人はほとんどいません、人手不足なのは(儲けの)上がりを出せなくて続かないからってのもあるんです」

 タクシーもノルマがあり、それを満たせなければ仕事を続けられない、いわゆる「足切り」が存在する(地域や会社によっては固定給制もある、A型賃金とも呼ばれる)。保険外交員のようなもので、完全歩合制か、基本給があってもそれだけでは生活できないほど安いことが大半である(前者はB型賃金、後者はAB型賃金とも)。つまりキツいのはもちろんだがそれ以前に歩合分が稼げなければ生活できないので自然と辞めざるを得なくなるわけだ。つまり仕事が何年も続いている人は優秀な「稼げる人」ということになる。どんな仕事もお金になる人以外いらないのが現実社会だ。ちなみに昔は「乗務員負担」としてタクシーの利用料やクレジット決済の手数料も運転手が負担させられたが、国の指導もあって最近は少なくなった(フルコミッションのB型賃金は除く)。

「個人(タクシー)なら休んでますよ、でも少しでも稼がなきゃいけないしね」

 確かに個人タクシーで余裕があるなら休むのもありだろう、実際、ゴールデンウィーク中は休んでいた個タクの運転手を何人か知っている。彼らは口を揃えて「人なんか歩ってなかった」と愚痴っていた。リモートワークで会社に行く人そのものも少なかったのもあるし、飲み屋に行く人も少なかった。それでも新村さんは走ったことになる。

「全然金にならなかったけどね、娘のバイト代のほうが高かったよ」

 そう言って笑う新村さん、どうやら娘さんがいるらしい。家族のことは立ち入らないことにする。でもゴールデンウィーク、あれだけ都心が空いている経験なんてなかなかないのでは?

「いや、あれだけガラガラだと逆に不安になりますよ、道が空いてて気持ちいいとかなかった、それこそどうなるんだろうと。先々のことばかり考えました」

 夜の街と歌舞伎町に対する集中砲火と風評はさしもの歌舞伎町も閑散となった。失政のめくらましか、コロナ禍の不満を押し付けるための生贄か。影響を受けるのは「夜の街」の人だが、新村さんのようなエッセンシャルワーカーも巻き込まれてしまう。

女の子はマスクしてるのにね。男はだめだね

 新村さんはまだ50代後半とのことで、家族のためにまだまだ働かなければならない。それにしてもタクシーに関して思うのは、震災でも台風でも洪水でも、都市の定点カメラでタクシーだけは走っている。核が落ちても走ってそうだ。

「去年も台風で大変でしたよ、あれ(台風)は一瞬でどっか行っちゃいますけど、やっぱ怖いっちゃ怖いですね。東日本(大震災)の時は普通に走ってました。言っちゃ悪いけど電車動かないんで稼げました」

 そういった自然災害はベテランとして何度も経験している新村さんだが、いつ終わるともわからない疫病は私たちと同様に初めてだ。天変地異は交通機関がマヒするので危険はともかくタクシーの稼ぎ時、しかし疫病はそうはいかなかった。

「だから自粛解除で活気が戻って、少しホッとしたんです、戻ってきたのは6月くらいからかな、そのまま戻ると思ってました」

 6月は新宿にも日常と活気が戻り、マシになったという。それにしてもコロナは怖くなかったのか。私もコロナ禍をしばらく取材しているが、新宿、とくに歌舞伎町の住民の多くはコロナどこ吹く風だった。そして都内のクラスターと感染者は増え始め、連日3桁の新規感染者を叩き出す現在に至る。

「せっかく(客が)戻り始めたのにね。コロナに罹る人もまた増えてる。怖いけどしょうがないですよ、食ってかなきゃいけない。なのに昨日もホストの人とかマスクもしないで4人乗ってきて、助手席にマスク無しのお客さん。タクシーのコロナ対策の仕切りとか意味ないですよね」

 歌舞伎町のホスト、キャッチ、それに類するやんちゃなお兄ちゃんたちのマスクしない率は凄い。7月になるとさすがに「夜の街」バッシングとその象徴となったホストクラブも風当たりと指導を気にしてかマスク姿も見られたし、実際、「店がうるさいからしてる」という子もいたが、まだまだ「マスクなにそれ?」状態のイキったお兄ちゃんたちも多い。

「でも彼らもお客さんだからね、断るわけにもいかないし、もう開き直って走ってます」

 東京ハイヤー・タクシー協会ではコロナウイルス感染防止対策として7項目を提示している。そもそもマスクはもちろん、三密を避けるために出来る限り2名乗車(運転手除く)、助手席は使わないようにお願いしているが、あくまで「お願い」で客側は守るはずもない。運転手も強く言えるわけもない。いわゆる「近セン」(近代化センター、現在は東京タクシーセンターで略して「タクセン」や「センター」)にでも言いつけられたらやっかいだ。基本的に注意・指導を一方的に受けるのは立場の弱い運転手、あることないこと言われて呼び出しをくらうかもしれない。

「女の子はおとなしくマスクしてるのにね。場所柄あるけど、男はだめだね」

 もう呆れて半笑いの新村さん。営業エリアの問題もあるのかもしれないが、深夜の歌舞伎町をしばらく離れるのもありではないか?

「いや、仲間に渋谷のほうがいいよって言われたんだけど、渋谷よくわかんなくて。あそこで拾えるとか、ここが狙いだなんて言われてやってみたけどいまいちです。新宿のほうがまだ距離乗る人がいますし、私はやりやすい。どこ走っても稼げる要領いい人もいるんだろうけど、普通は自分の稼げる場所を決めますね」

 新村さんによれば新宿のほうが甲州街道から世田谷、杉並や多摩方面へ帰る人も多いため中距離を効率よく狙えるそうだ。そんなお客を拾える場所も時間も見当がつく。もちろんあくまで新村さんの営業スタイルだが、これが一番やりやすいのだろう。

「それに新宿好きなんですよ、私も新宿で会社員して、よく歌舞伎町で呑んでましたし」

 人に歴史あり、新村さんは新宿でサラリーマンをしていた時期があった。

「私も本音は家で仕事して、呑んだりしたいですけどね」

生活のために仕方なく走ってる

 自宅待機などできる仕事は労働全体から見たら少数で、多くはコロナの危険と経済の危険とでやむなく経済を選んでいる。政府はそれを知っているし国も経済を優先したいので緊急事態の再宣言なんてバカなことはしない。知事は人気取り、野党は政府批判、運良くリモートワークで自宅作業の人たちや休みたがりの学生はマウント気分でお気持ち正義をSNSあたりにばら撒いている。コロナ禍で露呈した人間の本性だ。

「でも生活のために仕方なく走ってるのに、コロナを心配してる人たちから見たらコロナを運んでるって思われてるのかね、病院の人たちですら差別されてるんでしょう?」

 タクシーはもちろん、電車も、バスも、配送も、みなコロナ禍にあって人を、物を運んでいる。彼らがいなければ日々の生活はコロナ以前に成り立たない。

「女子医(東京女子医大・新宿区河田町)の人も乗せるけど、見るからに疲れてて大変なんだろうなって思いますよ。みんなすぐ寝ちゃうから、余計な口は利きませんけどね」

 信じられないことに、医療従事者を始めとしたやむにやまれずコロナ禍の最前線で働かなければならないこうした人々をバッシングする連中がリアルにもネットにも存在する。私も介護、清掃、ドラッグストアの店員など、これまでこうしたエッセンシャルワーカーの方々を取り上げてきたが、実際に彼ら彼女らは口々に心ない人間の言葉や行為を恐れていた。

「だから、次(のバッシング)がタクシーになったら嫌だなと思うんですよ。だって、夜の街より家庭内感染のほうが多くなったんでしょ」

 タクシーの運転手はお客との話のタネのため、また待機時間が多いためもあってラジオや新聞をよく読む人が多く情報通だ。新村さんは27日に夜の街を家庭内感染が上回ったことを知っていた。さすがに家庭内で、親族内でコロナバッシングはないだろうと思いたいが、その家族の属するコミュニティが村八分にしないかどうかは私も自信がない。実際、田舎ではコロナに罹患した人の情報がいつの間にか知れ渡り、半ば村八分状態になった人がいると伝え聞いている。世間のバッシングはライブハウス、居酒屋、パチンコ、そしてホストクラブやパブといった夜の街と変遷した。現在は皮肉なことに都民全体が日本中のバッシング対象だ。次は夜の街、都民、タクシーどころか地域内のコロナ差別、まさに中世の魔女狩りだ。

「岩手とかかわいそうですよね、しょうがないのに」

 これまでコロナ患者ゼロの岩手県もついに2名確認されたが、新村さんの言う通り、これは仕方のない話だろう。実際、国も県も罹患者を非難しないように釘を差しているが、ネット民の一部はやはり面白おかしく岩手1号2号と呼んで遊んでいるし、特定厨と呼ばれる住所氏名を探し出して晒そうと企む連中が暗躍している。先の事例を鑑みるなら岩手が村八分やら魔女狩りやらをしないと断言する自信はない。

「まあ私たちはあきらめてますよ、しょうがないです。自分の仕事をするだけです。いろんなお客さん乗せてるけどコロナになってないし、あまり死んではいないみたいなんで気にしないようにしています。気にしたってどうにもなりません。仕事があるだけありがたい。コロナになったら仕方ないです」

 エッセンシャルワーカーの方々はみな同じことをつぶやく。新村さんもそうだった。お話をひとしきり聞いて、家の近くで降ろしてもらう。新宿から多摩の田舎とそれなりの距離、少しは売り上げに貢献できただろうか。

 カミュの『ペスト』に展開するディストピアそのままに、疫禍の本当の恐怖は人間関係の分断だ。いまだ医療機関を始めとするエッセンシャルワーカーの方々に対するバックアップの不十分な国や自治体の曖昧な姿勢、これこそが人身の荒廃と差別に走る隙を生んでいる。私たちはコロナと共生するしかないし、何度も書くが最終的に私たちは自粛と経済で経済を取るしかないのだ。もちろん自粛を取る余裕のある人や取らざるを得ない高齢者や基礎疾患の重い方々が自粛するのもまた自由だ。歪んだポジショントークではなく、互いの立場を尊重しながらこのコロナ禍を生きること、その国民の覚悟こそ、最前線で矢面に立たざるをえないエッセンシャルワーカーの方々、新村さんのような仕事に対する何よりの敬意と支援だと思う。日本人は今からでも一人ひとりの心がけでそれを成し遂げられる。分断の果てに殺し殺されのアメリカなんかより、この国はずっと上等なはずだ。

●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で第14回日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。

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