名門・東京女子医大の窮状 ボーナス問題に続き大幅学費増

名門・東京女子医大の窮状 ボーナス問題に続き大幅学費増

名門大学が揺れている

 新型コロナの対応に当たる医師や看護師たちに、「ボーナス支給ゼロ」を突きつけた東京女子医科大学。批判を受けて方針を一転させたが、迷走した印象は拭えない。今年で創立120年を迎える名門医大で何が起きているのか──。

 岸信介、福田赳夫、中曽根康弘など、歴代の首相が入院先に選んできた、東京女子医大病院。2004年に脳梗塞で倒れた長嶋茂雄氏が緊急入院するなど、著名人の治療にあたる「VIP病院」としても知られる。

 大学病院が集中する東京で、名門の地位を確立できたのは、意外にも「唯一の女子大医学部」だったからだと言われる。

 花形とされる外科系で活躍する女性医師は、少ない。そこで、全国各地から優秀な医師が女子医大に集まり、最先端の医療技術を磨いた。脳外科、心臓外科、腎臓移植などの手術件数では、日本トップクラス。

 大学病院の中で頭一つ抜けた地位を築いたが、同時に「人を使い捨てる組織」となっていった。それが、2つの重大な死亡事故で露呈する。

 2001年、12歳女児が心臓手術後に死亡する事故が発生。「助手の医師が人工心肺装置の操作ミスをしたことが死因」とした女子医大の調査報告書が決め手になり、30代(当時)の助手の医師が逮捕された。

 ところが、その後の調べでカルテの改ざんなどが判明。執刀医が有罪となる一方、助手の医師は無罪となった。責任を若手医師に押し付けようとした女子医大は、この医師に対して、対応の誤りを認めて謝罪した。

 厚労省は、女子医大に与えていた特定機能病院の承認を取り消した。診療報酬の優遇措置などが受けられなくなり、患者数も激減。女子医大の経営は、大きく悪化した。

 その後、特定機能病院の再承認を受けたが、再び重大事故が起きる。2014年、ICU(集中治療室)で人工呼吸器による処置を受けていた2歳男児が、鎮静薬のプロポフォールを大量投与されて死亡。同薬は、人工呼吸中の子供への投与が禁止されていた。しかも同様の状況で、63人の子供に投与されていた。しかし、女子医大は調査報告書の内容を公表しなかった。

 同年、笠貫宏学長(当時)らは、厚労省で記者会見を開き、女子医大の対応を批判、理事長らの退陣を求めた。

 女子医大では創業者一族が理事長を歴任、大学の権力を握ってきた。笠貫学長は、この支配構造が問題として、行動を起こしたが、臨時理事会によって解任された。

 厚労省は特定機能病院の指定を再び取り消し、文科省も私学助成金などを減額した。2014年度に約946億円だった事業収入は、2年間で約54億円急減。女子医大は存続の危機に陥る。

教職員は700人削減

 経営再建の中心となったのは、創業者一族で産婦人科医の岩本絹子氏だった。女子医大を卒業後、岩本氏は都内で産婦人科医院を経営していたが、2008年に女子医大理事に就任。2014年に副理事長に昇格した。

 岩本氏は4年間で教職員数を約700人減らし、ベースアップも例年の半分に抑え込み、50億円以上の人件費をカットする。2014年度に約61億円の赤字だった収支を、2017年度には黒字化させた。この成果もあって、去年4月に岩本氏は理事長に就任した。

「脳外科や腎臓移植、心臓外科の手術件数では、日本トップクラスの手術件数を維持しながら、昨年度は過去最高の約47.9億円の黒字でした。新型コロナによる経営の影響はありますが、存続の危機といった話ではない」(女子医大・管理職)とする声がある。

 その一方、岩本氏の手法に対する、強い反発の声も聞こえてくる。

「女子医大は、質の高い教育が伝統です。岩本理事長には大学での常勤の教員経験がないので、人員削減の影響が分からなかったのではないか」(女子医大・医師)

「黒字になったものの、コストカットで物品購入に制約が課され、スタッフが疲弊していきました。ボーナスも減らされ、3年間で100万円以上も減った職員もいます」(女子医大・一般職)

 関係者によると、2014年の事件に際して責任を取らなかった創業者一族に対して、文科省は問題視してきたという。

 それでも女子医大の体制は揺るがなかった。有力政治家との強いパイプがあるのだ。最近では新校舎の竣工式で岩本理事長と自民党の二階俊博幹事長が並んでテープカットをした。二階氏の母親は女子医大(当時の東京女子医専)の卒業生だった。

 今年2月に完成したその新校舎が「彌生記念教育棟」だ。女子医大では、レンガ造りの風格ある一号館という校舎を取り壊し、建て替えられた。

 女子医大の建物は老朽化が激しく、もともと全面的に施設を建て替える計画があった。2015年、岩本氏がその責任者になると、すでにあった建て替え計画を全面的にリセット。12年間だった工期を半分に短縮して、建設費の確保に着手した。

 それに際して岩本氏は「私の一番の仕事は、まず財務を改善することでした」と語っている(学内誌『シンシア』より)。

 事業総額は1000億円超。複数の職員によると、教育棟の1階に設置された理事長室と関連施設は、6億円の費用をかけて上層階に移されたという。多額の費用をかける一方、厳しいコストカットを断行する。ちぐはぐな経営方針に職員の不満は溜まっていった。

偏差値はどうなるのか

〈上半期賞与の支給はできませんが、新型コロナウイルス感染症対応に当たられている医療従事者の皆様には、これまでの激務に感謝すべく8月を目途に何かしらの手当の支給を考えています〉

 これは6月12日、岩本理事長や学長らが連名で、職員に出した文書の一文である。新型コロナウイルスに起因する収支悪化を理由とした「ボーナスゼロ」宣言の後、各部門(部署)において増収策またはコスト削減案の提出を要求。実効性のある提案書を提出した部署に「手当支給」を検討すると記されていた。

 労働組合は反発するが、女子医大の代理人(弁護士)との交渉は平行線を辿る。6月29日付の『組合だより』には以下のようなやり取りがある。

組合「女子医大よりも減収額が大きい大学でも、ボーナスは出ている」
大学「減収と赤字は違う。うちは30億円の赤字だ」
組合「中小の病院も赤字に苦しんでいる。それでも職員のことを考えて、借りてボーナスを支給しているところもある」
大学「女子医大も借りて支給せよということですか。そんな不健全な経営は間違っているし、やるつもりもない」

 強硬な姿勢だった女子医大は、社会的な批判を浴びた結果、福祉医療機構(※注)から借り入れして、8月25日に1か月分のボーナスを支給することになった。

【※注/社会福祉施設や医療機関への貸付事業、経営指導などを手がける独立行政法人】

 支給対象は4000人余り、総額約12億円と推定される。そして8月になって、女子医大は、学費の値上げを公表した。6年間で約1200万円のアップとなる。

「計算すると総額4000万円超なので、私立医大ではトップクラスです。偏差値が下がる可能性は高い。学費と偏差値は反比例する傾向があるからです」(高梨裕介氏・医学部予備校ACE Academy代表)

 偏差値が下がると、医師国家試験の合格率にも影響する。

 最近になって女子医大病院の予約センターが廃止された。人件費削減の一貫だというが、患者からは不安の声が聞こえてくる。また、今年6月に女子医大がんセンター長だった林和彦氏が、前触れもなく辞職して波紋を呼んでいる。

 揺れ動く状況のなか、女子医大は名門のブランドを守れるのだろうか。

●レポート/岩澤倫彦(ジャーナリスト)

※週刊ポスト2020年8月28日号

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