安倍氏の今後は「実現できなかった理想を説き続ける」役割か

安倍氏の今後は「実現できなかった理想を説き続ける」役割か

佐藤優氏が語る「安倍氏の今後の影響力」とは

 長期政権を築いた安倍晋三首相が退陣を発表し、次期総理がどんな政策を打ち出すのか、日本国民が注目している。

「安倍辞任」を見越していたかのようなタイミングで共著『長期政権のあと』を上梓したばかりの元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏と、政治学者・山口二郎氏(法政大学教授)が緊急対談。今後の日本はどうなるのか? そして安倍氏は今後、どんな役割を果たすのか?

山口:長期政権にとって不可欠なのが「経済と国民生活の向上」ですが、コロナ危機で失業や倒産が出てくる中で、サービス業を中心に急回復するシナリオは描けない。まさに貧乏くじ状態というか、日銀の尻を叩きながら支出を続けるしかないでしょう。経済政策に関して新機軸を打ち出すことは極めて難しい。

佐藤:私も同じ認識です。観光にしても飲食にしても交通にしても、構造的にコロナ以前には戻りませんから、今後、ボトムからの経済危機が来ると思う。その影響が時差を経て大企業に及ぶと、政府の対策はもう効かず、いわば血流が止まって多臓器疾患になる可能性がある。こうした事態に直面せざるを得なくなると、安倍政権型の株価至上主義では対処できません。

山口:国債発行残高を見ても、これ以上の借金は非常に厳しい。そうなると予算編成が大変になり、日銀が直接国債を買うような、とんでもない状況で予算編成をすることになるかもしれません。

佐藤:それはもう、戦時経済です。

山口:それと安倍さんにはなく、他の長期政権を築いた首相にはあったものが、レガシーです。具体的には、吉田首相のサンフランシスコ講和条約、佐藤首相の沖縄返還、中曽根首相の国鉄分割民営化、小泉首相の郵政民営化です。

 ところが安倍さんの場合、憲法改正、北方領土返還、拉致問題の解決などの重要な政策課題に取り組んだものの、いずれも達成できないまま辞任してしまった。レガシーを遺せないまま、課題だけが次の政権に引き継がれた。

佐藤:安倍さんの辞任会見で興味深かったのは、憲法改正ができなかった理由を「国民世論が盛り上がらなかった」と言った点です。これを裏返すと、国民の支持がないと認識していることになる。おそらく、「次の政権は無理しないでいい」というメッセージだと思います。

 その代わり、安倍さん個人としては、“永久に未完の憲法改正”というかたちで改憲の旗を振り続けることが、自身が政治的影響力を残すためにも重要でしょう。

山口:客観的に見て、憲法改正が実現する条件はほとんどないと思います。が、安倍さん自身は実現できなかった理想を説き続ける、ある種、宗教家みたいな役割をこれから演じていくのかなと思います。

佐藤:次の政権にとって、安倍さんを支持した日本会議に代表される右派グループは、属人的に安倍さんのカリスマ性に依拠しています。それ以外の誰がなろうと、安倍さんに対するような熱烈な支持はない。裏返すと、「安倍ちゃんならいいか」と見過ごされてきた中国や韓国との政治的妥協について、今後は厳しい視線が向けられる。右派からの風に次の政権は晒されることになるということです。

「でも、政権交代は遠のいた」

山口:どの角度から見ても、やはり次の政権は貧乏くじという印象が強いですね。

佐藤:次期政権は、こなすこと自体が難しい消化試合です。勝ち負けで言えば負けが決まっている。小泉政権後のように短命政権が続くとなると、その後は政権交代の可能性もゼロとは言えません。

山口:私は野党共闘の旗を振った張本人の1人ですが、安倍政権のもとで改憲が進むとか、安倍政治が悪いことをするということで、いわば「抵抗の論理」として進んできた経緯があります。本当に政権が取れるところまで国民を説得することは、正直詰めてこなかった面がある。安倍首相が非常に大きな敵でしたから。

佐藤:日本は資本主義国家ですから、経団連を敵に回す政党と組むと政権は取れないというのが私の考えです。共産党の力は認めた上で、共産党と立憲民主党が組む方向で国民民主党を吸収するという野党再編が起きたことで、政権交代が遠のいたようにも見えます。

山口:そうなると、しばらくは安定政権ができず、かといって政権交代も起きないという政治的混乱が続くことになりそうですね。

【プロフィール】
●さとう・まさる/1960年生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館書記官、国際情報局主任分析官などを経て現職。著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『知性とは何か』など。

●やまぐち・じろう/1958年生まれ。法政大学法学部教授。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授、オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員などを経て現職。専門は行政学、現代日本政治論。著書に『民主主義は終わるのか』、『政権交代とは何だったのか』など。

※週刊ポスト2020年9月18・25日号

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