オンライン学習を契機に不登校も 子供たちの価値観も変容

多くの大学で後期もオンラインでのオンライン授業継続 義務教育の年齢で価値観変容も

記事まとめ

  • 義務教育の年齢でリアルの学校へ行くことを不要だと早合点する子供たちが出現している
  • 全国の公立小中学校の多くで、登校や授業が再開もコロナ休みを機に不登校になる生徒も
  • 新しい価値観を持った子供達が『なぜ学校に行かなければならないのか』と問うことも

オンライン学習を契機に不登校も 子供たちの価値観も変容

オンライン学習を契機に不登校も 子供たちの価値観も変容

オンライン学習を受ける子供(Sipa USA/時事通信フォト)

 今も多くの大学で後期もオンラインでのオンライン授業が続くが、学生に遠隔授業についての意見をきくと肯定的なものがある一方で、「質問はしやすいが相談しづらい」「早く大学へ行きたい」「まるで高校4年生」と、リアルなキャンパスへ行くことを求める意見が少なくない。だが、義務教育の年齢となると、リアルの学校へ行くこと、リアルのコミュニケーションそのものを不要だと早合点する子供たちが出現し、大人たちを戸惑わせている。ライターの森鷹久氏が、急にリアルが軽視されることに困惑し混乱する現場の様子をリポートする。

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 千葉県内の公立学校教諭・中島幸恵さん(仮名・30代)がいま、頭を悩ませているのは学校生活のあり方……というよりむしろ、学校生活そのものの意味だ。

「全国の公立小中学校の多くで、登校や授業が再開され始めましたが、各学校に必ずといっていいほど、コロナ休みをきっかけに不登校になってしまったという生徒がいます。一般的に不登校といえば、家庭環境やいじめなどが原因である場合が多い。ですが、今回はそれとは違う、新しい価値観を持った子供達が『なぜ学校に行かなければならないのか』と問いかけてくるんです」(中島さん)

 中島さんのクラスのK君(男子・小学校高学年)は、勉強ができる秀才タイプで、人付き合いもよく友人も多かった。コロナ休み中は、友人とスマートフォンやゲームを通じてふれあい、進学塾の授業はパソコンを使って受けていたという。学校再開後は、課せられていた宿題もしっかり提出してきたというが、急に学校に来なくなってしまったのである。

「元々朝が弱い子でしたが、休みの間、ほぼ毎日昼過ぎまで寝ていたそうで、朝早起きして学校に行く、という習慣がなくなったのだとお母さんから聞きました。学校に行かなくても勉強はできるし、友達とも話せる、学校に行くのは、サラリーマンになって満員電車に乗って、お金を稼ぐためなのか?とK君に電話越しに質問された時、返す言葉が見つかりませんでした。学校に行かないこと、がK君の中では一つの選択肢になってしまったようなのです」(中島さん)

 返す言葉が見つからなかった先生に頼りない思いをする人もいるだろうが、義務教育は学校へ行くことが当然という意識がしみついてきた私たちだって、いきなり小学生から登校しない理屈を聞かされたら、ショックを受けて黙ってしまうだろう。もっとも、K君は、朝、起きられないことを正当化するために学校へ行く理由がない、と主張しているようにも受け取れるが。

 また、埼玉県の学習塾経営・森田敦夫さん(仮名・50代)も、子供達の価値観が大きく様変わりしたことを痛感した一人。

「コロナウイルス感染対策のために、生徒の机にはシールドを設置するなどして対応していますが、目に見えて生徒が減っていきます。感染が怖い、という生徒さんもいましたが、今では『授業はネットでも受けられる』という感覚が拡まったようで、有名学習塾のネット授業に流れる傾向が目立ちます」(森田さん)

 森田さんのモットーは、一人一人に懇切丁寧に教える、学校よりもきめ細やかな学習指導を行うことであった。だが、ネットでも、そうしたサービスが出来てしまうという考え方が広がってしまったらしい。森田さんが丁寧な学習指導にかける気持ち、そしてそのバリューは、生徒から見ればなんら魅力を感じないものになりつつあるのだと言う。

「対面の方がよい、生徒とのコミュニケーショを大切にしたい、などと言える空気ではないし、もはや時代遅れとさえ言われる始末。バーチャルは味気ない、リアルの方が良いと少し前まではみんなが思っていたはずですが……この流れには逆らえそうにありません」(森田さん)

 オンライン飲み会をしたことがある人なら分かると思うが、リアルの飲み会と決定的に違うところがある。リアルなら、ひとつのテーブルで2、3カ所に分かれた会話が並行して続く、という光景が普通だが、それが不可能だ。同時にすすむ複雑なコミュニケーションには、実は向いていない。それと似たようなことはオンラインのリモート授業でも起きており、明確な質問はしやすいが、ぼんやりと浮かぶ不安や疑問の相談はしづらいし、受け取る側も気づくのが難しい。ところが、この部分は曖昧な違和感としてしか生徒は気づけないので、リモートで十分という結論に結びつけやすいのだろう。

 今後、オンラインでの体験時間が長くなるにつれ、オンラインとリアルのそれぞれが持つ得意な部分、オンラインでは補えない点に生徒も教える側も気づくことになるだろうが、それまで森田さんのような教える人の気持ちが続くかどうかが心配だ。

 学校も仕事も、旅行も経験も、実際にその場に行ってこそ意味があり「良い」とされてきた。少なくとも、本で読んだ、テレビで見た、ネットで検索して確認したで終わらせるのではなく、実際に体験することを「ベター」とする価値観が、急に共通認識ではなくなりつつある。リアルのほうがバーチャルよりなぜ「良い」とされてきたのか、その理由を極めて曖昧にとらえていたことに、改めて気づかされる。そしてそんな機会に遭遇するたびに、打ちひしがれるような敗北感、喪失感を覚えずにはいられない。

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