コロナ禍の「勝ち組企業」はなぜ北海道発祥ばかりなのか

コロナ禍の「勝ち組企業」はなぜ北海道発祥ばかりなのか

コロナ禍でも過去最高益になった家具のニトリ(札幌本社/時事通信フォト)

 長引くコロナ禍で多くの企業が業績悪化に苦しむ中、逆境を物ともせず“勝ち組”になっている企業を見てみると、ひとつの共通点が浮かび上がってくる。北海道発祥の企業ばかりなのだ。いったい強さの秘密は何なのか。ジャーナリストの有森隆氏が分析する。

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1990年代後半、「北海道現象」という言葉がメディアを賑わした。明治時代から地元経済を支えてきた北海道拓殖銀行が経営破綻したことに端を発する現象だ。「拓銀さんが潰れることは絶対にない」──。こう信じていた多くの北海道の経済人には衝撃的な出来事だった。

拓銀破綻が地元企業に与えたダメージ

 都市銀行で最初に経営破綻した拓銀について、簡単におさらいしておこう。

 1997年11月16日、日曜日の夕刻だった。東京・千代田区の皇居に近いパレスホテル(旧パレスホテル)の一室で拓銀最後の臨時取締役会が粛々と始まった。

 経営破綻した拓銀は翌17日、午前8時20分に北海道内の第二地銀、北洋銀行に事業譲渡すると発表。小(北洋銀行)が大(拓銀)を背負い込むことになった。すでに中(北海道銀行)との婚約(合併合意)は破談になっていた。預金量6兆円、公表不良債権9350億円。わが国の金融史上で最悪の経営破綻だった。

 なにしろ道内の企業の7割のメインバンクが拓銀で地場大手は100%拓銀が主力だったため、銀行経営の行き詰まりは地元経済に大きな打撃を与えることになった。

 明治5(1872)年創業の名門中の名門百貨店、丸井今井の経営も直撃した。拓銀の受け皿となった北洋銀行の武井正直頭取(日銀OB)と丸井今井の今井春雄社長は犬猿の仲として知られ、名門意識がやたらと強い晴雄氏が第二地銀の北洋銀行を門前払いにしたことが遺恨になったといわれている。

 2008年12月末時点で5億5000万円強の債務超過に陥っていた丸井今井は、2009年1月29日、札幌地裁に民事再生法を申請し、力尽きた。負債総額は502億円。消費低迷に大丸の北海道進出も追い打ちをかけた。

「北海道現象」で業績伸ばす小売業

 だが、暗澹とした重苦しいムードの中でも業績を着実に伸ばしている会社が複数あった。食品スーパーのラルズ(現アークス)、ホームセンターのホーマック(現DCMホールディングス)、ドラッグストアのツルハ(現ツルハホールディングス)、家具のニトリ(現ニトリホールディングス)など、いずれも小売り・流通企業だ。本土進出やM&A(合併・買収)に果敢に打って出たことが奏功した。

 当時、メリルリンチ証券のトップアナリストだった鈴木孝之氏は、「北海道のようにもともと消費環境が厳しい地域では、不況になるとコスト競争力がモノをいう。ここで勝ち抜いた道内の小売業は全国に出て行っても勝てる可能性が高い」と分析。これを「北海道現象」と名付けた。

 あれから20年余り。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、小売り各社は市場縮小と再編の時代に突入したが、暴風雨が吹き荒れる最中、再び存在感を増しているのが前出の北海道発のチェーン企業なのだ。

 ニトリHDは巣ごもり需要の追い風を受け2020年3〜8月期に過去最高益となった。ツルハHDは5月、JR九州ドラッグイレブンを子会社化したことで206店舗が新たにグループに加わり、国内2366店舗(9月15日時点)で最大手に躍り出た。DCMホーマックが中核のDCMHDは10月上旬、首都圏が地盤の島忠をTOB(株式公開買い付け)で完全子会社にすると発表した。

 ニトリHDの株式時価総額2.5兆円台は、ユニクロのファーストリテイリング、セブン&アイホールディングスに次いで小売業第3位。ツルハHDは11位、アインHDは28位、DCMHDは29位と、いずれも全国ブランドの大手小売業を尻目に上位を占める。

調剤大手「アイン」の軌跡

 ニトリHDやツルハHD、DCMHDだけではない。コスト競争力を武器に調剤薬局のアインホールディングスも全国区にのし上がってきた。ここではアインHDが調剤薬局で最大手に成り上がるまでの軌跡を探ってみよう。

 創業は1980年。大谷喜一社長が28歳の時だ。ドラッグストアが出発点だったが、その後、家電量販店やホームセンターに進出して多角化に失敗。1997年4月期に20億円近い最終赤字を出し、リストラに追われた。その最中にメインバンクの拓銀が破綻。大谷氏は「頭の中が真っ白になった」と回想している。

 約27億円の債権を引き継いだ北洋銀行からは「借金を直ぐ返せ」と矢の催促だった。幸い北海道銀行に借金を肩代わりしてもらい一命はとりとめたが、大谷氏は自力での再建を目指す決意を固める。

 臨床検査事業は利益が出ていたが成長性を考え、見切りをつけた。そして、1993年に参入した調剤薬局に賭けることにした。国が医薬分業政策を推進したことで、全国各地の病院のそばに「門前薬局」と呼ばれる調剤薬局が誕生していた時期だ。

 スピーディーに全国展開を目指す早道がM&Aだった。M&Aには軍資金が必要だが、拓銀の倒産を目のあたりにした大谷氏には、「銀行に依存する恐さ」が身に染みていた。

 そのため安易な借り入れはせず、親交があったイトーヨーカ堂の創業者、伊藤雅俊氏の「店舗の高い収益力こそが最大の担保」という、キャッシュフロー(現金収支)重視の経営手法をバイブルにした。調剤業務の自動化や家賃、人件費の見直しを進め、店舗効率の向上に心血を注いだのである。

 2002年、今川薬品(茨城県つくば市)と合併したことが、大きな転機となった。今川薬品の44店が加わったことで、合計130店。一躍、調剤薬局業界のトップ企業となった。

 大谷氏は今川薬品の社長をアインファーマシーズの代表取締役会長に起用した。M&Aで買収された企業の社長が、買収した会社の代表取締役会長に就任するということで、大きな話題となった。アインによる今川のM&Aは調剤薬局業界の友好的買収の先駆けとなった。

イオンと壮絶バトルの過去

 また、アインは小売業最大手イオンを相手に、壮絶なバドルを繰り広げ名前を高めた。

 2007年、アインはドラッグストアのCFSコーポレーションと経営統合を発表。アインはドラッグストア部門を、CFSは調剤薬局を強化する狙いがあった。これにCFSの筆頭株主のイオンが強く反発。委任状争奪戦の末、2008年1月のCFSの株主総会で、統合案は否決され、破談となった。

 2008年4月、アインはセブン&アイホールディングスと資本・業務提携した。アインのドラッグストア事業は、5期連続の営業赤字で、立て直しが急務となっていたからだ。そこで、アインとセブンはショッピングセンターへの出店に着手。病院周辺を中心に調剤薬局とコンビニの共同店舗を出店していく。

 セブンは薬事法改正を見据えていた。医薬品販売の規制緩和である。2009年からコンビニでも条件を満たせば、風邪薬などの大衆薬を販売できるようになった。しかし、期待したほどコンビニでの大衆薬の販売は広がりをみせなかった。

 それには理由があった。医薬品を販売する店舗の営業時間の半分以上に、登録販売業者が常駐するように決められていたが、実際に確保するのが難しかったからである。薬剤師が不在でも大衆薬を売ることができる専門家を登録販売業者と呼ぶ。セブンがアインをパートナーに選んだのも、薬剤師や登録販売業者の育成でアインの協力を得るのが狙いだった。

 現在、セブンはアインの7.76%の株式を保有する第2位の大株主である(20年4月末現在)。

キャッシュ元手にM&Aで業容拡大

 アインのM&A攻勢は止まらない。今年2月、病院給食を手がけるシダックスグループから病院や官公庁で400店超の売店を受託運営するシダックスアイ(東京・調布市)の全株式を15億円で取得した。

 3月には同業の土屋薬品(長野市)の全株式を買い取り、完全子会社とした。土屋薬品は長野県内で調剤薬局36店を運営する県内最大手だ。

 アインHDの2020年4月期の売上高は2926億円。20年連続の増収だ。店舗数は1151店舗。年間に処理する処方箋の枚数は2294万枚。薬剤師の数は5273人。日本一の調剤薬局に急成長した。

 M&A資金は原則として自前だ。本業で稼いだキャッシュ(現金)で出店や買収資金を賄う。手元資金が長短借入金を上回る実質無借金経営である。M&Aで事業を拡大しても自己資本比率は57.3%、自己資本当期利益率は8.5%と抜群の収益力を誇る。

 北海道発の元気印企業の共通点はM&Aを最大限に有効活用していることだ。アインHDは道内を押さえた後、大企業の少ない東北のチェーンを買収。力を蓄えた上で首都圏へと攻め上った。しかも、首都圏では強豪とガチンコ勝負を避け、2番手に徹し、時節の到来を待ったことが成功の秘訣である。

「セコマ」快進撃の秘密

 一風変わった形で北海道現象を巻き起こす企業がある。道内を中心にコンビニエンスストアを展開するセイコーマート(略称:セコマ/札幌市、非上場)だ。セコマは道内で1078店、茨城・埼玉両県に92店を有する。

 セコマは加工食品や惣菜、菓子、飲料など北海道産の素材を使った商品を売りにした食品スーパー型コンビニだ。道内ではここで食品を購入する主婦が断然多い。

 早くから、セコマモデルと呼ばれる製造・物流・販売の一貫体制を構築し、店内調理の「ホットシェフ」を売り物にしてきた。さらに道内各地域にある食品製造企業を子会社にし、直販を徹底している。目玉のPB(プライベートブランド)商品を道外の系列ではない小売店に卸し、ネット通販を拡充しているのも特徴だ。

 牛乳やアイスクリームなどの乳製品、その他、じゃがいも、とうもろこしなど北海道ならではの農作物の道外への外販で年間160億円の売り上げを達成した。

 セコマは、都心重視やドミナント(集中)出店を是とするコンビニ大手とは一線を画し、住宅街への出店比率が高めるなど、独自の店舗戦略を採ってきた。そのため、コロナ禍の外出自粛により自宅にいる人が増えても、他のコンビニのように売り上げが消滅する事態は避けられた。

 全国チェーンのコンビニの既存店売り上げが軒並みマイナス成長を続ける中、セコマは前年実績を上回っている。地域に根ざした店舗展開がコロナ禍、地力を発揮したということだ。

 地域密着という点では、レジ袋戦略も興味深い。7月1日からコンビニを含めた全小売業でレジ袋の有料化が義務付けられた。プラスチックごみなどを削減するためだ。

 コンビニ大手3社は足並みをそろえてレジ袋の有料化に踏み切ったが、セコマグループの小売店1224店は7月1日以降もレジ袋の無料提供を続けているため、北海道では有料と無料のコンビニが混在している。

 セコマグループではレジ袋をバイオマス素材30%配合のものに切り替え、無料の方針を貫いている。当初は有料化する方針だったが、「コロナ禍で景気が冷え込なかで、消費者の負担を増やすことは避けるべきだ」(丸谷智保会長)と判断し、有料にすることを延期したという。大手コンビニはセコマと競合する地域で、レジ袋の無料配布が客足にどう影響するかに神経を尖らせている。

 こんなこともあった。10月13日、丸谷会長が都内で講演した。中小企業基盤整備機構の「中小企業の事業継続力を強化するためのシンポジウム」である。

 2018年に発生した地震で北海道全域が停電した際、ほとんどのセコマ店舗が営業を続けられたのは、自動車から給電できるようにする非常用電源キットなどを大きな投資をせずに備えていたからだという。「災害時に店舗の従業員に多くの対応を求めるのは難しいが、最低限必要な準備をしておけば営業は続けられる」と、丸谷会長は生きた体験を語った。

 シンポジウムでは、店内で炊いたコメで温かいおにぎりを提供し、来店客から喜ばれたエピソードもあわせて紹介。「セコマの従業員には地域を支援するという使命感があった」と振り返り、「(従業員に)企業ではなく地域に対する忠誠心を根付かせることが、より重要だ」と結んだ。

 セコマの戦略がコロナ時代に一層輝きを増している。

コスト競争力を武器に存在感増す

 ニトリHDの似鳥昭雄会長は、「小売りの景況は来年、再来年さらに悪化する」と予言している。「小売業界では寡占化が進む」との見方も示している。

 そんなウィズコロナ時代には、コスト競争力を武器とする北海道発の個性派企業が存在感を増す。

 なぜ、彼らは強いのか。もちろん、勝ち組になる遺伝子(DNA)を備えていることもあるが、なにより、“拓銀倒産”という地獄を見てきたことが、経営者のバックボーンをより強靭にした──といったら、言い過ぎだろうか。

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