混雑対策だった京阪の座席昇降装置 誕生50年で役割を終える

混雑対策だった京阪の座席昇降装置 誕生50年で役割を終える

運用停止が決まった京阪5000系の自動で昇降する座席。今後は昇降させずに走ることになる

 長距離移動のために日本へ導入された鉄道だが、しだいに通勤や通学など短距離移動にも利用されるようになった。都市の人口が拡大するにつれ、その需要は右肩上がりとなり、いかに大量に輸送できるかという観点で通勤用の車両も開発された。だが、働き方の多様化がすすんだことによって、通勤用の車両のあり方も変わりつつある。ライターの小川裕夫氏が、関西ではイメージキャラクター「おけいはん」でおなじみの、大阪・京都・滋賀を走る京阪電気鉄道の座席の昇降装置が引退する事情についてレポートする。

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 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する以前まで、東京・大阪をはじめとする大都市圏の鉄道各線は慢性的に混雑していた。そうした混雑を少しでも緩和するため、東京都は”時差Biz”を奨励。東急電鉄とタッグを組み、2017年度から断続的に田園都市線で時差Bizライナーを運行している。

 時差Bizライナーには利用駅のパターンによって通勤利用客が乗る車両を分散させ、それにより混雑の緩和につなげようとの目的がある。2019年は、溝の口駅─渋谷駅間をノンストップで走った。さらに、2018年からは東横線でも時差Biz特急の運行を開始してもいる。この動きは他社にも広がっており、2020年1月には京王電鉄が臨時座席指定列車”京王ライナー時差Biz”を走らせている。

 混雑緩和の取り組みは、大阪圏でも実施されてきた。そのなかでも、ユニークな技術も活用して取り組んできたのが、京都─大阪間を結ぶ京阪電気鉄道(京阪)だ。

 京阪は車両技術に関して定評があり、日本初となる技術などを次々と生み出してきた。そのため、鉄道ファンからは”技術の京阪”との定評もあった。一般的に京阪といえば、電車内にテレビを設置したテレビカーや2階建てのダブルデッカーといったハイクオリティな車両を登場させたことで知られている。これら京阪の車両は単に技術的に優れているだけではなく、運賃のみで乗車できることも大きなウリだった。

 そうしたテレビカーやダブルデッカーに隠れがちだが、京阪の高い技術力は混雑対策にもうまく活用されてきた。通勤時の混雑対策といえば、近年は利用者に時差通勤を促すソフト面が重視される傾向にあるが、かつては輸送力を増強することを優先する風潮があった。そのため、大量輸送を可能にする車両の開発が盛んだった。そのひとつが座席を収納して混雑時には一つの車両に乗れる人数を増やし、輸送能力を上げるというものだ。複数の鉄道会社に似たようなコンセプトの車両はあったが、高い技術力を持つ京阪は、同じ座席収納タイプでも「座席昇降装置」を搭載した5000系を生み出した。

「5000系が誕生したのは1970年ですから、半世紀にわたって京阪で運行されてきたことになります。当時は通勤ラッシュが激しく、深刻な問題でした。そうした背景から、5000系が生まれたのです」と説明するのは、京阪広報部の担当者だ。

 京阪の5000系は片側に5枚の扉がある。鉄道車両は扉の数が多いほど、短時間で多くの人が乗り降りできる。そのため、多扉車は混雑対策にも有効とされてきた。しかし、扉が多くなれば座席は少なくなる。その分だけ乗客は立つことになるが、それは一度に多くの人が乗車できることになり、混雑緩和につながる。こうした事情から、混雑する朝ラッシュ時に5枚扉の5000系は大活躍した。

 一方、扉が多い車両はデメリットもある。扉を多く設ける構造上、座席が少なくなってしまうので、空いているなら座って移動したいという乗客のリクエストを満たすことが難しい。朝の通勤時間帯はそれがメリットでもあるが、利用者の多くない昼間帯は座れる人が限られてしまうのでデメリットになる。

 電車内で座りたいと考える利用者は少なくない。乗客に満足してもらうためにも座席を少しでも増やしたい。わがままとも思えるような相反したリクエストを両立させたのが、座席昇降装置を搭載した京阪の5000系だった。

 山手線などでも、混雑時にイスを収納して定員を増やすタイプの車両はあった。座席を収納するという意味では5000系も同じだが、京阪がそれらの車両と大きく異なるのは座席の収納方法だった、5000系の座席は電動で昇降して上部に収納される。

 座席が電動で昇降する光景は斬新かつ衝撃的だった。まさに、技術の京阪の名に相応しい技術でもあり、それがファンの心を掴む。そして”降ってくる座席”と呼ばれるようになり、動画サイトで公開されると広く人気を博した。

「座席の昇降作業は、終着駅でお客様が全員下車した後や車庫内で実施しています。そのため、お客様が実際に車内で昇降する座席を見ることはできません。しかし、テレビや動画サイトで目にした方も多いかもしれません」(同)

 座席昇降装置は、混雑時に多くの人が乗車できるように座席を上部に上げて空間を確保。利用者の少ない昼間帯は、座席を下げて多くの人が座れるようにといった具合にフレキシブルに活用された。だが、コロナで混雑が大幅に緩和され、さらに人口減少・高齢化により通勤需要が減退した昨今において、座席を昇降させる工夫は必要なくなった。

 そうした事情に加えて、安全対策として鉄道会社に課されたホームドアの整備が進められていることも昇降する座席が消える一因になっている。「ホームドアを設置するためには、車両の扉の位置や数を揃えなければなりません。京阪では、各車両の扉の数を2〜3枚に統一する方向性で進めています」(同)

 通常の5000系は5枚扉だから、ホームドアの設置を難しくしている要因にもなっていた。座席を下ろしたままの状態なら3枚扉車として運行できるため、「5000系は今後も走り続けますが、座席を下ろしたままの状態、つまり3枚扉で運行することになります」(同)という。

 京阪では、2021年度中に京橋駅を手始めにしてホームドアの設置が予定されている。そのほかの駅でホームドアを整備する見通しは立っていないが、ホームドアの整備は社会的な要請でもあるため、今後は早急に整備が進められていくだろう。

 長期的に見れば、ホームドアの整備は社会的要請であり、5枚扉の5000系が惜しまれつつも役割を終えて座席が昇降しなくなるのは時代の流れでもある。

 また、新型コロナウイルスの感染拡大で、企業は次々とテレワークを導入。多くの人たちが在宅勤務へと切り替えたことで、通勤ラッシュは消失した。緊急事態宣言が解除された後は、少しずつ以前の状態へと戻りつつあるとはいえ、通勤時間帯の混雑は、以前の水準まで戻っていない。

 コロナだけではなく、タイミング的に団塊の世代が定年退職したことも通学・通勤時の混雑を緩和した一因ともいわれる。いずれにしても、通勤ラッシュ時間帯における電車内の混雑率は改善傾向にある。

 コロナは鉄道需要を減退させた。それは鉄道会社を危機的な状況に追い込んでいる。しかし、ポジティブに捉えれば、サービスを向上させ、安全対策を強化する機会になったともいえる。そうした意識や社会環境の変化が、時代やニーズに合わせて車両を更新させるという作用を促し、結果的に鉄道は使いやすくなった。

 こうした変化こそが、withコロナにおける”新しい生活様式”なのかもしれない。

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