緊急事態宣言でトラック運転手「私はまたバイ菌扱いでしょうね」

緊急事態宣言でトラック運転手「私はまたバイ菌扱いでしょうね」

1月7日、8日から1ヶ月間、1都3県に緊急事態宣言が決定された(時事通信フォト)

 2020年の緊急事態宣言下では、社会の機能を維持するために働く医療従事者、介護士、スーパーの店員、ごみ収集作業員などのエッセンシャルワーカーへ感謝をしようという機運が高まった。ところが、首都圏に二度目の緊急事態宣言が発令されたいま、あのとき、感謝の言動は表向きに過ぎなかったのではないかと、苦い記憶が呼び覚まされている人たちがいる。ライターの森鷹久氏が、物流を支え続けたトラック運転手が持つ仕事への誇りと世間への複雑な思いを聞いた。

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「コロナ一色」に塗り替えられてしまった2020年。本来なら今頃、熱狂のうちに幕を閉じた東京五輪の余韻に浸りつつ、新たな年への意気込みを誓っていたのかも知れないが、年が変わったことも忘れさせるほど「コロナ」は収まるどころか更なる猛威を振るっている。あらゆる場所でコロナ禍の「国民」を見続け、対峙してきたという九州在住の運転手・富田悟さん(仮名・60代)が、2020年を振り返りつつ「最悪のスタート」を切った2021年の展望について語った。

「また大都市に『緊急事態宣言』が出れば、私はまたバイ菌扱いでしょうね。去年の3月以降もそうでした」

 富田さんは北部九州の某市に、妻と娘二人と暮らす長距離ドライバー。20年ほど前に、当時勤めていた運送会社を退職し、個人事業主として独立。一台1500万円以上はするという20トントラックを購入すると、主に生鮮品を九州から関西、関東へと一人で運び続けた。年収はコンスタントに1000万円超、取引先からの信頼も得て仕事に困ることはない、まさに順風満帆のドライバー生活。そんな富田さんが初めてぶつかったという「壁」、それが「コロナ」だった。

「人の往来が無くなろうと、物流だけは止まらんし止められん。止めたら人が死にますから。だから仕事が無くなるとは予想もせんでした。ところが、昨年の3月から5月かけて物流が止まりかけた。動くことが『悪』とされたんです。まさか、と思いました」

 富田さんとて、コロナを不安に感じなかったわけではない。毎日のように、首都圏や関西でコロナ感染者が確認されたという報道を見ていれば、そこへ行くのは誰だって怖い。若いとは言えない年齢に加えて持病もあり、感染してしまえば命にも関わる。長距離ドライバーという過酷な仕事を続ける夫を見かねた妻からは、もうそろそろ仕事をやめるべきではないかとも言われた。それでも、仕事は完全にはゼロにならなかったし、辞めるつもりもなかった。

「生産者は、客に食べてもらいたい、使ってもらうたいと思ってやってるわけで、運ぶ人間がいなくなれば全部無駄になりますよ。運送屋のプライドもあるし、そこは頑張ってやり遂げようと思うのが普通じゃなかですか」

 しかし、そんな富田さんを快く思わないのは、近隣の住人たちだ。富田さんが常に東京や大阪へ行っていることを知る近隣住人は、富田さんの妻に、不満をぶつけたのである。

「海外とか東京から九州に帰ってきた奴が感染していた、というニュースがかなりあったでしょう。正月も『帰省組』が叩かれましたが、私も相当に叩かれた。というより、帰ってくるな、とか、自分勝手に仕事して感染したらどうするのか、と村八分状態ですもん」

 この時ばかりは、自らの信念も流石に折れかけたというが、追い討ちをかけたのは、地元の「監視者」だけではない。たとえば、関東から関西に荷物を運べば「東京はウイルスがすごいから」といって、それまで荷下ろしを手伝ってくれていた倉庫や市場の作業員たちが、富田さんを避けた。反対に関西で感染者が増えている、という報道があると、関西の荷物を関東の取引先に納入した時、やはり同じようなことが起きた。富田さんは、どこに行ってもウイルスの「媒介者」扱いだったのだ。

「東京の荷物は触らんとか、関西の荷物は消毒が必要だとかね。同じような悩みを、長距離の運転手はみんな持っていたと思いますよ。高速のサービスエリアなんかで同業者と話すわけですよ。『俺たちはどこ行ってもバイ菌やね』と」

 その後、感染者が全ての都道府県で確認され、感染者数が増え始めると、全国どこに行っても「長距離ドライバー」というだけで、迷惑がられるようになったと感じた。

「長距離(ドライバー)向けの食堂とかドライブインにね、マスコミの取材がきよるんですよ。不安じゃないですか?心配じゃないですか?って。そんでテレビ見るでしょ? そしたら感染対策が行われていない、ドライバーがマスクしていないとか放送しよるわけです。これじゃ、放送を見たら誰でも、長距離ドライバーはウイルスまで運びよる、と思っても仕方なかでしょう」

 先述した通り、感染したくないという思いは、人一倍強いという富田さん。車内には小型の空気清浄機を設置し、車に乗り降りするたびに手指の消毒を欠かさず、外に出る際にはマスクの着用を徹底した。季節が夏になると、人々の危機感も薄れたのか、高速道路にも一般車が増え、行楽に興じる家族連れの姿も多く見かけるようになった。長いトンネルを抜けたような気持ちを覚えたと述懐する。

「正直に言いますとね、こいつら遊ぶ時だけ遊びやがって、と思いましたよ。でもまあ、日常が戻るならそれでいい。また頑張ろうと思って、仕事しました。これで全部終わり、恨み言をいうてもしゃあない、何気ない平和な日常ていうのは、なんて有難いものやろうと、噛み締めました」

 そして夏が終わり、秋が来て、冬の気配を感じる頃には、感染者が再び増加するとともに、またしても富田さんの周囲では変化が起きた。

「九州に帰れば、東京や大阪からは来るな、ですよ。九州のニュースじゃ、まだ東京からの帰省者が、旅行客が、と言っていますから、当然そうなります。東京に行っても大阪に行っても、たまに東北や四国に行ってもそう。おたくは最近東京や大阪に行ったか? なんて、ドライバーの詰所で他のドライバーから聞かれる」

 富田さんがこの時感じたのは、どこへ行っても、誰もが「自分の所だけは大丈夫」と思っているのではないか、ということ。

「どこに行こうが、ウイルスを持ち込むのは自分以外の他人、それかよそ者と、誰もが思いたがるんです。例外なくそうです。そのくせ、こっそり遊びに行ったり遠出したりしても、自分だけは対策をしているから大丈夫だろう、なんて考える。もうね、何を信じていいかわからんというのが、正直な本音です」

 富田さんの一番の懸念は、首都圏や大都市に、再び緊急事態宣言が出されたときの市民の反応だ。

「以前、緊急事態宣言が出された時、全国一斉ではなかったんです。だから、初めに出た東京とか首都圏が、他地域の住民から猛烈に毛嫌いされました。その後、宣言を出す自治体が追加される度、地域ごとに対立が起きていって、緊急事態宣言中のエリア内、たとえば神奈川や千葉の人間が、東京を敬遠する、東京に行き来している近所の人を避ける場合もあったと聞きます。それが繰り返されるんじゃないかと思うんですよ。また、緊急事態宣言が出た都会の人間から順にバイ菌扱いされて、都会と田舎を行き来する私たちは、去年と同じようにハエとか蚊とか、媒介者扱いされるわけです。自分の住む地域に緊急事態宣言が出ていないだけで、うちのエリアは大丈夫、東京はダメ、となるでしょう」

 富田さんの仕事納めは12月30日、関西の市場から九州へ野菜を運び、長かった一年が終わった。年明けは少し遅めの1月6日から。流通に休みはなく、例年なら元旦から働くこともあったが、今年は仕事の依頼も断った。1月7日には「緊急事態宣言」が一都三県に発令される、と政府筋の情報もある。富田さんは今、暗澹たる気持ちで、仕事の準備に取り掛かっている。

「何が本当かわからん、誰も助けてはくれん、文句は言われる。お医者さんや看護師さんはもっと大変でしょうけどね、少しくらい休ませてもらおうかなと。仕事への誇り、まだ消えてはいませんけど、今年も去年のようになるなら、もう辞めてもいいかなとは思います。ドライバー仲間も同じこと言いよる。我慢できるのも、もう少しだけです」

 近年、運送業は慢性的な人手不足にあり、とくにトラック運転手不足による物流崩壊が迫っていると言われている。あと十年もしないうちに、モノはあるのに運べないのが常態化するという試算もある。一方、今の私たちの生活は、スムーズな物流なしには成り立たなくなっている。

 社会の縁の下を誰が支えているのか忘れてはならないし、共に支えあっていこうという気持ちが持てる世の中にならないと、ワクチンができようと、またコロナウイルスが駆逐されたとしても、安心して生活できる世界は、二度と訪れないのである。

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